シャイニーカラーズの芹沢あさひという獣が繋ぎとめるアイドルとファンの関係性みたいな話。
アイマスにおけるプロデューサーとは、アイドル当人の夢や自己救済の手助けをする立場である。
たぶん。ということで芹沢あさひについて語りたいんですが。
芹沢あさひに憧れを持たないオタクなんていないんじゃないのか。
もう少し詳しく言えば、芹沢あさひの発揮する過集中に憧れをもたないオタクなんていないんじゃないのか。
そうでもないだろうか。まあそうでもないとしても。
「オタク」という語句の意味が拡散してからずいぶん経つけど、それでも核となる部分はあまり変わってないように思う。それは「趣味に生きる」とか「生活よりも大切なものがある」とか「楽しい事への優先順位が常人より高い」とか……。
楽しいことが何よりも大事とでも言えばいいのか。
だから「オタクとして強度が高い」とかいえばそんだけなんでもかんでも趣味に結びつけられるヒトを指すし、
「オタクとして尊敬できる」て評されるヒトは趣味で身を持ち崩しがちな様を指して言われたりするわけよね。それにしたってガチャの爆死自慢はそろそろおしまいにした方がいい文化な気もしますけど。
そんなだから。
世間体なんぞに目もくれず、他者の評価も埒外で、自らの肉体さえも枷のように扱い、透徹された槍で貫くが如く「好きなもの」へ一直線である芹沢あさひに、憧れをもたないオタクなんていないんじゃないのか。
まあそうでないとしても、芹沢あさひに理想を見出すオタクは相応にいるんじゃないのかしら。私もその一人である。
自閉の気味があり過集中を発揮しがちであり、興味を引かれないものにはどこまでも淡泊だという。そうした評判を聞いたときにはア。なんか、やばそうと予感するところがあったし、いざ恐る恐る触れてみれば果たして「アア。コノ娘、ヤバい」と、底知れぬ沼にまさに身を浸している最中のよな居心地のよさと、行く末の見えぬ深さにおののいている真っ最中ではあるんだけど。
そんでさ。
私が芹沢あさひをみる際に去来する感情は。どれだけ普遍的で共感してくれるひとがいるのか正直わからん感情だったりする。
暴力にさえ喩えられるより純粋なもの。かりそめにひとのすがたをもつひとならざるなにか。遠く遠く遠くより遠くただ遠くもっと遠くを目指す為に洗練された飛翔体。
なんか急にポエットになってきましたが、しょうがないじゃん。オタクならずともひとはみな形容しがたい感情を詩情に託してきたのだとかどうとか。
もう少し具体的にかみ砕いて芹沢あさひに関してお話するには、急にマンガの話をする必要がある。
シュトヘルをみつめるアルファルドの想いに近い気がする。といえば伝わるヒトには一発で伝わるからだ。たぶん。
まあほんのちょっとな。ほんのちょっと。アルファルドのあの激情と私のこの卑しい感情とを比べるなんぞ恐れ多いんで、ほんと、ほんのちょっとな。
あれ? 『シュトヘル』の説明っている? 要らないよね? まあ要らないだろうけど、説明したいからさせてください。
『シュトヘル』てのは完結済みの伊藤悠大先生の大マンガで。
ちょうどチンギスハンが大暴れしている時代が舞台。戦禍に仲間を惨殺され復讐の為だけに生きる悪霊「シュトヘル」と、滅ぼされゆく一族の文字を後世に託すべく旅を続けるお坊ちゃま「ユルール」の伝奇オネショタロマンマンガです。
で。滅ぼされゆく文字を守るべくモンゴルから逃げるユルール。
それを撃退し続けることでいつか仇が向こうから寄ってくるのを待つシュトヘルと。
利害関係が一致しともに行動するようになるんですね。
復讐のみに生きるシュトヘルは次第に、ユルールの強情にほだされていきます。
『殺す、奪う。それ以外に生きる手段はないのか。繋ぐ、託す。そういう生き方だって――』
生きる手段として復讐を選んだシュトヘルにとってその言葉はとんでもない劇薬なんだけど、彼女の心に『文字』という力の持つ意味がゆっくり浸透していきます。
名残惜しいけども脱線をこらえてアルファルドのお話をします。
順にほだされていくシュトヘルの姿を面白く思えない者。それがアルファルド。
理由は、純粋でなくなるから。です。
この感情。すごくわかる。
すごくすごくわかる。
この感情。私が芹沢あさひに対して抱いた感情はこんな感じ。
……というだけだとやっぱ伝わりきってない気がするんで。もう少しだけ詳しく書いていきますとね。
芹沢あさひが、より純粋に、「好きなもの」へのエネルギーで動く純粋な存在であるとの直感は概ね正しかったなと、プロデュースを経て感じるわけです。
私のような、もしくはそう換言することが許されるなら我々のような、世間体や生活や体力や、多くの都合で折衷案や挫折を選んでしまう「好きなものに半端な態度で生きている」連中ではきっと及びも付かない存在になってくれるのであろうと。
我が身を鑑みぬ体力で壊れる寸前までダンスレッスンを続け、ライバルを蹴落としオーディションに合格しても「あ。そっすか」で済ませてしまう。
そして、それらへの順応も「体調が万全でなければパフォーマンスも発揮しきれない」「オーディションに合格すればもっとすごいひとと出会える」といった、興味の延長線上のぴったり先に新たな興味を設けることで達成されていきます。
スタートラインから引かれた直線上から逸れることがない。
直線であるということはそれだけ純粋であるということです。
その、頼もしさ。こころよさ。うらやましさ。
まぶしい。
この娘はこのまま脇目も振らずどこまでも一直線にいけるんだろうなと。
半端者のオタクとして託していたそんな感情が。
彼女自身の望む形に達成できたライブの直後に呟かれたひとことで、じわりと滲むんですよね。
「わたしのことが、誰かに伝わるって……」
この呟きに触れた瞬間の私の感情をどう言えば伝わるだろうか。
こう。握っていたマウスをかちゃーんと取り落として呆然とするような。いやマウスから手を放しても落ちはせんやろ。でもそんな気分だったんですよ。
何分間かわからないけれど、テキストを送れないまま呆然としました。
ログを確認して文脈も確かめました。
でも、芹沢あさひは誰かに自分のことが伝わったことを喜んでいる。
なんで。
なんで、そんなことを言うんだ。
芹沢あさひは、傍若無人で、好きなことだけに目を奪われ、好きなこと意外に眼が入らず、ただそれを純粋に純粋に追える、そんな少女じゃ、なかったのか。
なかったとしたら。
それは。
それは……。
ええと、どういうことだろう。
とにかくその一言が妙なほど意表を突かれて戸惑ったんですよね。
自分のことをわかってもらえることが嬉しい。
逆に言えば。わかってもらえないという自覚があったということか。
ともあれ、モニタの前で呆然としたオタクはほっぽってゲームは進行します。
そんでまあ、デビューしたばかりのアイドルとしての一区切り。WING優勝にまで到達してひとまずのエピローグが流れます。
そこでの一言に、自分がしていたことが何だったのかを思い知ります。
WING優勝。ねぎらいの言葉をかけたくともあさひがいない。
探して探して、果たして、芹沢あさひと初めてであった街頭モニターの前にいます。
街ゆく人々も思わず振り向かざるを得ないアイドルの姿に、同じく、あさひも脚を止めたその場所ですよ。
万人の脚を止めることの出来るアイドル。
そのモニターをみつめながら、あさひは改めて自らの思いを、自分のことを言葉で表現するのが苦手な彼女なりに言葉にします。
たのむから。
ああ、たのむから。
その先を、その先は言わないでくれと。
このテキストが画面上に表示されたとき。私はな。このオタクはな。
ほんとに顔を覆って、文字送りしたくなくて数分間うめきごえをあげてたのよ。
それまで、オタクにとって理想である獣のようにみえていた存在が。美しい獣が。
お願いだからそんなことを言わないでくれと。
自らの身や、生活や、世間体や、周囲の人々を顧みず、孤独でさえあっても、自らが何かを欲する衝動に身を任せどこまでだろうとも進み得る存在。
理想に殉じることのできるほどの衝動と、それを実現し得る力を持つ者。
オタクとしての理想の権化であるそれが、その先に感じているものが孤独だとしたら、そしてそれに自覚さえ出来ないままもっと、もっとと先に進んでいるのだとしたら。そんな悲しい話があってたまるかと。
芹沢あさひは、自分が楽しいと思うものを誰かと分かち合うことができずにいたのだ。それはそうだろう。それがどれほど楽しくても、芹沢あさひほどに耽溺できる存在なんてそうそういるはずがない。
楽しいことが大好きで、楽しいからこそのめり込めるのに、のめり込むほど孤独になっていく。こんなにも楽しいのに、それが楽しければ楽しいほど誰もついて行けない深度にまで潜り、それが為に孤独を募らせていく。
芹沢あさひが孤独をやめるためには、楽しいことを手放すしかない。
そして彼女はそんな選択はきっと思いつきさえしない。
楽しいことだけに生きる彼女は、ずっと孤独なままなのか。
せめてそれを孤独と感じさえしなければ。
しかし彼女はそれが「ひとりぼっち」だと気が付いてしまったのだ。楽しいと感じていたことの一つの理想にたどり着いてしまったが為に。
そんな、こんな、悲しいことがあってたまるかと。
ああ。でも。
そこは芹沢あさひですな。楽しいことへの嗅覚の鋭さ故に、言葉にはまだ出来ていないけれど彼女はもうすでにそれへの回答にたどり着いているよう察せられます。
ひとつは、プロデューサーがずっと側にいてくれるということ。
だからもう寂しくはないと、彼女自身の言及がありますが、同時に「それだけなのかな……」と呟きます。
彼女の孤独を慰められる何か。それ自身に彼女はもう無意識下に気が付いているのでしょう。
実際のところ、彼女のスタート地点がそれだったはずです。
彼女が思わず足を止めた、街頭スクリーン。
街角でみかけただけのそれに、思わず惹かれたことそのものがたぶん答えなんじゃなかろうか。
アイドルに限らず、ライブやパフォーマンスてのは、半ば強制的に、多くの人々と情熱を「共有」することが出来る行為です。
それこそが。
芹沢あさひがステージに立ち、パフォーマンスでもって「こんなにも楽しいことがある!」と主張し、それに「芹沢あさひが楽しそうで楽しい!」と声援でもって応える何万人だかわからない『ファン』達が、芹沢あさひを孤独から救える存在なんじゃなかろうかと。
アイドル自身にも、プロデューサーにもそれを手伝うことしか出来ない自己実現と救済。それを果たし得るのがファンという存在であると。
なんかこう、同じアイマスシリーズではオミットされがちな存在である『ファン』て存在の意味が、新たに立ち上ってくるのが芹沢あさひを通じてみるシャニマスの世界なのではないかと。
アイドルとそれを取り巻く要素の全てを輝かせる。
そうです。我々は今一度あのポーズを思い起こすべきなのです。
ジャキィーン。
……とかいうのが私なりの芹沢あさひ解釈なんだけど。
C97で頒布させて頂きました本ではそのへん言及しきれなかった気がするのでなんかそのうち言及し直したいなあとか考えてましてね。
サンプルはこっちなので少し覚えておいてほしいなっつってですね。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12139059
シャニマスのプレゼンフォーユーのシナリオをストレイライト側からみた「走れ……アイドルよ。走れ……!」みたいな話。
コミケ前で死にそうなのに何書いてるんだろう!!!!!
でもまあ可能な限り早足で睡眠時間(命)あたり犠牲にして書くけど!!
ハイ。
おシャニさんの2019のクリスマスイベント。良かったスね。良かったよね。
なんかこう、読みながら天井を仰いでしまいましたよ。
あー。これがアイドルかー。
誰かが、どこかの、それがたった一人だけでも、喜んでくれるひとがいるのならば、それを選ぶ意味はいつだってある。
そうか。それがアイドルか……。
なんだろな。眩しいや……天井じゃなくったって、どんな角度みても、なんだか無性に……。
みたいな気分になりましたけど。
今回のシナリオは多少特殊な特別さもあって。こう。ストレイライト、及び彼女らの感謝祭シナリオというフィルターを通してみるとその意味が先鋭化する部分があると思うんです。
解説にあたって段階を踏んでいく必要があるんで踏んでいきましょう。
芹沢あさひが追い抜いたなにか。
説明するのも野暮なことを説明していくけど!
今回のプレゼンフォーユーのシナリオを読む際に、サブテキストとしてぜひ嗜んで頂きたいのがストレイライトの感謝祭イベです。
独特のキャラクター、愛嬌、そしてダンスへの一途な希求でもって冬優子と愛依よりも数歩先にアイドルとしてのスターダムを進む芹沢あさひ。
しかし彼女は、具体性はないもののなんかだいぶ栄誉で相応に立派な舞台で、ダンスを中断し凍り付いてしまいます。感謝祭イベのシナリオの大きな曲がり角ですな。
なぜ凍り付いたか。
目標の喪失を予感したからでしょうな。
芹沢あさひはその無軌道なまでの動力を、しかし「なんか楽しそう! なんか面白そう!」という予感だけでぶん回しています。これは燃料としては相当にピュアなやつで、かなりの効率を誇りますが一方で希少性が高く、一度枯渇すると調達が困難です。
という比喩であってるかな。
なんで車に詳しくもなんともないのにこんな例え選んだかな。まあいいや。
芹沢あさひはトップアイドルに向かって脇目も振らない一直線で進んでますけど、その足下はだいぶ危ういんですね。アイドルとしてステージに立つことを「なんだかキラキラしてるっす!」という言葉以上で説明できたことがなかなかない。
あんだけの馬力で突き進んでるのに、アイドルとは何か、が、未知のままなんですね。
だから、それに疑問を感じてしまうと急にぶっこわれる。
「なんだか楽しそう!」に少しでも「本当に楽しいのかな」が混ざってしまうと途端に動けなくなる。
とんでもない速度で突っ切ってるのに目的地がどこだかわかっていない。
そういう危うさを持っているのが芹沢あさひです。と思います。
冬優子と愛依がみせたものとみせられなかったものとみられてないもの。
感謝祭のシナリオでは、そうして擱座した芹沢あさひを、冬優子と愛依とが、あさひの気を引くに十分なダンスでもって救い出します。
美しい話です。実際のとこは、ダンス云々よりも、自分たちがいると、そう主張してみせたことこそが大事なんでしょうけどもまあ言わずもがなということにしまして。
それにしても愛依ちゃんのカンの鋭さはすごいね。ほとんど直感なのに大事な何かを外すことがない。
「それ、言っちゃダメなやつ」とか「アタシら時間あるし、ダンスのレッスンもっとすればいんじゃね?」とか。急所にびたりとハマる。三峰はじめ距離感と空気読みの鬼みたいなキャラがいるなかで直感だけでそれらに比肩しうる逸材というか……。まあそれはともかく。
だけれども。
ダンスてのはアイドルの一要素でしかないんですよね。
おシャニさんのシナリオを通じて「アイドル……そうか……これがアイドル……」みたいな気分を散々味わってきた私らはそれを知っています。そもそもおシャニさんMVないし。
だけれども。
ストレイライトはそもそもがそのコンセプトからして迷光てのがあるわけで、そうやって正解の片鱗を少しずつ集めていくのが彼女らの道であってシナリオでしょうから、それはそれで大事な一要素なのでしょう。
要するに、冬優子も愛依も、アイドルとして未熟で、その先を見通せていないから、あさひにみせられたものと、みせられなかったものと、そもそも彼女ら自身がみえてなかったものが多分あった。多分。
背中という言葉と、待っててくれたという言葉。
芹沢あさひにとっては酷かも知れないことをこれから幾つか書くけど。
プレゼンフォーユーのシナリオをみるに。あと、冬優子と愛依が、あさひの気を引く為にダンスをみせたあたりから察するに。283プロのなかに、現時点での(現時点で!)あさひが気になるアイドルってそんなにいないんじゃないだろうか。
それと。それから。
皆が「誰かが喜んでくれるならばそれを選びたい」という見事に透明にキラキラした理由で駆けたあのプラス10分の距離を、あさひ唯一人、たぶんただ「サンタに会いたい。存在を確かめたい」という動機だけで走っていたんじゃなかろうか。その動機を不純と呼ぶ気は一切ないけれど。
ただ、「誰かを喜ばせる為だけに走れる」という他の皆が備えていたアイドルという資質(の一つ)を、少なくともあの瞬間、芹沢あさひは持ち合わせていなかった。
時間が押してるのもわかってる。という意味で呟いた「わかってるっす。『みんな待ってる』」という呟きと。
企画の失敗を経て事後に、あさひの呟いた「わかってたっす。みんなが、待っててくれたの」という一言の差がとても象徴的に思えます。
考えてみれば、この認識は少しだけ事実とは食い違ってる部分があります。
彼女も、皆と一緒に走ってはいたのに。
それでも彼女は追いかける立場として描写された。
感謝祭のシナリオで、冬優子と愛依は、あさひの「背中」を追いかける描写がありました。そこから一転、今回のプレゼンフォーユーではあさひが、待ってくれている皆の背中を追いかける立場として描写されたんですな。
あさひはもしかすると19人のなかで最もダンスに秀でていて、それ故に、283プロのなかにはあさひの気を引ける程のダンスを披露できるアイドルはいないかもしれない。
それでも、16人が見出せた「誰かが喜んでくれるなら」という満場一致は、あさひと冬優子と愛依よりも先んじて過ごした一年を経てこそ近付けていたのであろうアイドルとしての資質であって、ダンスでもボーカルでもビジュアルでもない、あさひが未だ見出せていない、アイドルとは何かという答えの一つだったのでしょう。たぶんな。
あさひからバトン袋を受け取った冬優子が「なんて顔してんのよ、アンタ」と呟いてたけど、どんな顔だったんでしょうと想像します。
切望とか焦燥とか罪悪感とかいろいろ想像はつくけど、たぶん冬優子にとっては初めてみるあさひの顔だっただろーなーと。だいたいあさひを追いかける立場として描かれる冬優子が、誰かを追いかけてるあさひの顔とかたぶん初めてでしょう。
それでもあの時の冬優子は、あさひよりもどのくらいかはわからないけれど、あさひを待つ立場にいた。愛依ちゃんはほぼ完璧に待つ側だったね。流石。
待ってくれているひとがいるならば、そっちに行かなければならない。せっかくだし。
16人か17人か18人かはわからんけど、先にいる待ち人の背中をみた芹沢あさひは、たぶんそっちに向かって走ってくのでしょう。
目的地がどこかさえわからない猛進も、いくらかなりとも方向を定めて。
「誰かが喜んでくれるなら、それを選ばない理由はない」て言われてた「誰か」って、ぜったいあさひのことも混ざってるよな。
尊い話だぜ。
あとさあ!!
あの『行くよ』って選択肢のさあ!! あの、プレイヤーに意思決定のみを託す美しい残酷さがトリガーを引くのは他ならない自分自身的な往年のSTG的演出を思わせてさあ!! すっげーよかったよねって話していい!? 時間!? ない!!!! ところであのシナリオのなかで唯一「がんばらなくてもいい」的なことを言ってくれるジュリちゃんの優しい弱さがすげえ気になって!!!! 時間!!?? ないー!!!!!
デレマスのカバー曲リクエストCoアイドル全員分そのに。
また明日。というのは美しい約束にありますな。
ということで書いてるおれだけが楽しい企画ことデレマスのアイドルへのカバーリクエストをCo全員分書いてたんですよ話の第二回です。
第一回はこっちです。
タイトル名だけで内容を全部説明できてる便利なやつです。多くのひとが「ああそういえばあったっけそんな募集が……」みたいなテンションかと思われる今さらなタイミングではありますが。
ほっとくとだらだら能書きを垂れる癖が顔を出すのでサクサク本文へ参りましょう。
※当記事中に引用されました楽曲及び映像の著作権に関してましては、youtubeの包括的ライセンス管理に委譲もしくは乗っかる形でおおむね問題あるまいと判断し、クリエイター諸氏への敬意の胸に引用させて頂いております。
- 北条加蓮 invitation / 柴咲コウ
- 神谷奈緒 オトメロディー / 高橋美佳子
- 松尾千鶴 シカゴ / クラムボン
- 岡崎泰葉 MIND CIRCUS / 中谷 美紀
- 森久保乃々 松尾千鶴 岡崎泰葉 Pure Again / 海田明里&青木佳乃
- 森久保乃々 今日も雨 / 倉橋ヨエコ
- 和久井留美 かつて…。 / EGO-WRAPPIN'
- 三船美優 あなたに会えてよかった / 小泉今日子
- 服部瞳子 あたらしい愛の詩 / 鈴木祥子
- バレンタイン反省会 Love Balloon / Silent Siren
- 古澤頼子 月ドロボウ / dorlis
- 鷺沢文香 Days and Days / Fantastic Plastic Machine
- 高峯のあ 灰色の水曜日 / ARB
- 神崎蘭子 Reflection / 林原めぐみ
- 二宮飛鳥 How to go / School Food Punishment
- 高峯のあ 二宮飛鳥 神崎蘭子 Re:Vanishmen / sasakure.UK feat.Annabel
- トライアドプリムス Day After Day / FreQuency
北条加蓮 invitation / 柴咲コウ
加蓮ってこういうところあるよね。という選曲です。あってほしいなあというか。
「みんな前を向いている隙にぎゅっと手を引いてほしいんだ」
「去年の誕生日には黒いTシャツをくれた(中略)
今年は"なにがいい?" したたか応えられず 見つめてくれていることに満足している」
「最高の音と生まれたこの日 利用する 歌い足りないだから まだ帰らない―」
と、歌詞を引用するだけでも十分『こういうところがあってほしいなあ』という願望がだだもれではありますが敢えて説明していきますと。
アイドルのうち、幾人かがプロデューサーへ親愛から先の感情を寄せているよう感じられますが、北条加蓮はそうした一歩先へ踏み込んでいる、あるいは踏み込む覚悟のようなものを持っている一人だと思います。ならばそれを歌ってもらわないわけにもいかないと。
そうした歌のなかでも「"夏だから"ボーダーか焼けた肌かワンピース 個性はないけれど可愛くてうらやましい」という部分はゲーム作中でも触れられている、そのものずばりの加蓮が持っている憧れと合致します。
かなり、もうこれの他にはないんじゃないかというリクエストになります。
神谷奈緒 オトメロディー / 高橋美佳子
まあ奈緒のカバー曲ならアニソンやろ。という発想以前に、もっと根源的かつ根本的に『 こ れ を 神 谷 奈 緒 に 歌 っ ッ て ほ し い 』という直情に従いリクエストする曲です。
すきすきすーふわふわふーこんなきもちーめろめろでぃーの部分を、奈緒の、松井恵理子さんのハスキーとも表現できるあの声で聴きたい……ッ!
もちろん歌詞だって神谷奈緒に沿う部分があまりにも多く、なんかもう全文書き出してしまいたい気分です。書いてしまおうか。
引用に留めておきますと、特に二番付近の歌詞でしょうか。
「キライじゃない ってゆーかスキ
スナオになんてなれません
君の笑顔みるだけでフニャフニャするの
それなのにー そっれなのに!
憎まれ口 撃っちまくり
ひとりになって落ち込んで 枕パンチ!」
ですよ。とくに「そっれなのに!」の言い回しなんて普段から奈緒のしているものとぴったり重なる気さえします。これを本当に歌ってくれたなら私は、目頭どころか鼻腔の奥まで熱くして真っ赤なものを滴らせると思います。
同じアニメ好きといっても、神谷奈緒からは魔法少女方面への造詣を感じます。その点で、こちらのアニメは日曜朝9時というゴールデンなタイムに放映されてましたし、彼女がアニメに興味を持つきっかけはクラスメイトから「ほのぼのしてかわいいアニメ」を勧められたところからスタートしたとどこかで言及されていたよう思います。もしかしたらそれがこちらの作品だったんではとも妄想できますね。
(こちらのアニメは国民的キャラクターをテーマとしたにしてはなかなかに、カワイイだけでは片付けられないシュールな展開も味でしたが)
カバーするにあたって問題となりそうなのは、マイメロディーと、キャラクターに直接言及のある点ですが、そちらも「私の旋律」と直訳すれば、キャラ名でなく「私の本音」と解釈できそうに思います。
実際、この歌詞はそうした解釈を元に作詞されているようにも感じます。
歌に乗せて届ける乙女の本音。その解釈に則れば『とどけマイメロディー』というフレーズのなんと尊く愛らしいことか……!
あと大事なことを追記しておきますと『そろそろCoにも渡部チェルさんの曲ください』
松尾千鶴 シカゴ / クラムボン
「もう何にも言えないよ そんなつもりじゃないの デタラメしゃベりだす
ああ何て言えばいいの そんなつもりじゃないの アレコレしゃベりだすわ」
というフレーズと、松尾千鶴の独白癖の連想が最初に選んだ理由です。
そのうえで改めて、様々な解釈が適いそうな歌詞をみていくと、夢の中でだけ飼っていたけれど、次第に存在感を増してきてはイタズラをしかけてくる「アイツ」が、松尾千鶴の抱く「可愛いものへの憧れ」であるように思えてきました。
その解釈がこちらの思い込みにあわせたものだとしても、叱責するような口調でありながらも柔らかな曲調が、あるいはからかわれて困っているような様子が、共に彼女の雰囲気に似合っているように思います。
あとミトさん楽曲もっとくれ。
岡崎泰葉 MIND CIRCUS / 中谷 美紀
16才にして芸能界というなにかと剥き出しの場所での研鑽を長く重ねた岡崎先輩ですから、歌うなら純粋さや、あるいはそれが汚れてからをテーマにした歌を歌って欲しいなと。
この歌の場合は、まさしくまだ純心である少年を慈しむような歌ですが、彼女が歌うなら過去の自分を思い返すようなニュアンスになるでしょうか。
「偽りだらけのこの世界で愛をまだ信じてる」という過去形がいかにも悲しくはありますが、「世界は変わるよ君が想えば」というフレーズに希望を見出したいです。
規律正しくリズムを刻む印象的に高い音も、なんというか、岡崎先輩の厳しさや孤高な感じを表しているようにも感じてですね。
森久保乃々 松尾千鶴 岡崎泰葉 Pure Again / 海田明里&青木佳乃
アイドルから逃げたい。アイドルに素直になれない。アイドルを続けたいと必死になっていた。
それぞれに似通う部分がありながらもその発露の方向性が見事にばらばらなこの三人に歌ってほしいなと。
自身が臆病であることを自覚しながらも前向きであろうとすること。過去との決別。まだみえない未来への憧れがこもった曲は、三人がアイドルを続けていく上での決心としての繋がりあうように思えます。
歌詞にある汚れのない翼は森久保のハミングバードを、曲名からは岡崎のPureドロップをと、それぞれの衣装名にも繋がります。松尾ちゃんの衣装名からちなめる部分はなさそうなのが残念でなりません!
森久保乃々 今日も雨 / 倉橋ヨエコ
森久保というよりもやけくぼに歌ってほしい一曲。
倉橋ヨエコというシンガーはとにかく内省的で後ろ向きでダウナーな曲が持ち味ですが、彼女だからこそ辿り着けた、ある種の突き抜けたものを感じさせる歌です。
「でも飛び出して 飛び出していこう」と、この歌の歌うものこそが、あるいは森久保がいつか得るしたたかさなのかも知れません。
「待っている人がいなくたって!」と言う歌声に「おれがいるぞォー!!」とか応えたいです。
和久井留美 かつて…。 / EGO-WRAPPIN'
強い思慕と、過去への後悔を持つ和久井さんにはそりゃもうブルースしかあんめえ。
という個人的に強烈な思い込みからの選曲です。
抽象的な歌詞ですから解釈が必要ですが、ざっくりと惜別の歌であることには違いないでしょう。
かつて花の色、かつての青空。薄れがかる、これから夜を迎える空。目的を見失ったひとが往く宛ても失いさまよっている。そんな風に感じられる歌ですが、唯一のよりどころであった仕事でさえなくした当時の和久井さんがこんな心境だったのかと思えばなんだか目頭が熱くなってきますねちきしょう。
三船美優 あなたに会えてよかった / 小泉今日子
朗らかに、けれどどこか艶めいて過去を思う歌です。
過去に何かしらあったことは確かな様子なのに、その過去に触れることは滅多にないーという印象を三船さんには抱いております。そんな彼女には、過去の別れを素敵な思い出として歌う歌はあまり相応しくないかも知れません。
けれど、ゆっくりとしたテンポで過去ではなく未来へと向き合えるようになり、次第に朗らかになっていく三船さんという女性ならば、どのくらい先かはわかりませんが、いつかこの歌のように「あの頃」を思い出せるようになるのでしょう。なるのかなあ。なってほしいなあというリクエストです。
もしくは、かの天海春香大先輩が看破したように、どれほど固い絆で結ばれたとしても、いつかアイドルとプロデューサーとは別れを経験しなければなりません。
そうして訪れる離別のときには、出会ったときの過去のように触れたくはない過去ではなく「世界で一番素敵な恋」と例えられるような別れであってほしいなあとか。
遠いな! 遠い話と妄想ですけどね!
服部瞳子 あたらしい愛の詩 / 鈴木祥子
あたらしい愛の詩は新しい旅立ちの歌ですね。
諦めきれない夢への再出発、という身の上が特徴であり、人格形成さえ占めている服部さんが、改めて歌うならこうした歌であって欲しいなと。
東京の情景を歌いながらも馴染みきれず孤独を感じていること。それを紛らわす為にも愛にすがるしかなかったこと。この場合の愛は、服部さんにとっては夢と置き換えられるものかも知れません。
「孤独に負けないように。自由に負けないように」という部分の、特に「負けないように」という祈りとも決心とも解釈できる部分が、しみじみと一度挫折を知ったオトナの歌だと感じ入ってしまいます。
バレンタイン反省会 Love Balloon / Silent Siren
『一年ちょっと経ったけど どんどん増してく気持ち
「重い女」と「一途」の境界線が分かんない
君への気持ちがほら膨らみ過ぎて弾けそう』
ほら(何が。
リクエストを希望したお三方と、こちらの歌の歌い出しとを照らし合わせればそれだけでリクエストの理由としては十分説明が適っているように思います。
思いますが一応説明を続けさせて頂きますと、三船さんも和久井さんも服部さんも、それぞれ過去に何かしらの傷を負い、その傷をプロデューサーとの出会いによって、ひいてはアイドルとして活動することにより癒やしつつあるお三方です。
その傷が深ければ深いほど、癒やされるごとに恩情も募るでしょうし、傷を埋め合わせるだけの諸々の思いも積もっていくでしょう。
要するに愛が重いと。
そのあたりをフィーチャーした曲であり、描かれた感性も曲調もみごとにピンク色に華やかですが、アイドルソングとしても十分に相応しく、今はアイドルであることを生き甲斐としているお三方にカバーソングとして贈るには最適なものであると。
嘘です。
正直にいいます。
いわゆる「うわキツ」なところもみてみたいんです。おれなりの愛です。
ところでバレンタイン反省会とはまた別のユニット名が公式にもほしいです。なにかください。
古澤頼子 月ドロボウ / dorlis
初期のイメージではありますが、頼子さんのあの特訓後の怪盗姿はとても鮮烈でした。そのイメージを大切にしたく、曲もそれを中心に選びました。
『今夜君のココロもう一度さらいに行くからね 邪魔する月明かり黒く塗る私は月ドロボウ』という歌詞から浮かぶ情景はまさしくあの衣装を身に包んだ頼子そのもの。
彼女はムーンライトバニーというお仕事もありましたし、その点でも連想が働きますし、「月が綺麗ですね」というそのものの台詞もありましたし。
美術品の鑑賞を嗜みながらも、それを我が物にしてしまう怪盗衣装に身をやつすということは、頼子さんの中には密やかに燻る独占欲というものもあるのでしょう。歌詞も夜の独白を思わせて自己陶酔の気味があり、演技に志を持つ彼女にこそ似合うように感じます。
鷺沢文香 Days and Days / Fantastic Plastic Machine
雰囲気重視の選曲です。
シンプルな曲調は、語弊を恐れずいえば単調であり退廃的な雰囲気さえあります。歌詞までも曜日を順に追う淡々としたもので、歌から浮かぶ色彩感覚がどこまでも灰色をしている気がしてきます。
最近でこそ明るい場所に立つことの多くなった彼女ではありますが、数居るアイドルのなかでも指折りに内向的であること、内気であること、屋内派であることは未だ事実であり、歌うならそうした部分を表現するのもアリなのではという発想をもとに、この灰色をした曲を推薦しました。
イメージをそのまま文字にすれば、暗く本棚だらけの私室で朝も夜もなくページをめくり続けている姿でしょうか。それを描きながら聴いてみれば、この一定のリズムがページをめくる紙ずれの音にも感じられますし、囁くようなボーカルは読唱のようにも聞こえてします。
高峯のあ 灰色の水曜日 / ARB
若年層の自殺を憂い、それを食い止めるための歌詞をした歌です。
なんていうか、のあさんもそういうことしそう。というイメージがあります。
鉄面皮と表現しても構わないようなクールビューティーで、それ故に感情の起伏が乏しくみられがちですが、そうした悲しい出来事に本気で悲しみ、出来る範囲での解決を志すような静かな行動力とでもいいますか。
情感のこもった抽象的な歌詞、抑揚を押さえたリフレインで構成される曲調と、最後のピアノソロまで含めて、怜悧な情熱とでも表現できそうな高峯のあというアイドルだからこそ歌える曲のように感じます。
神崎蘭子 Reflection / 林原めぐみ
アニメ「スレイヤーズ」のテーマ曲にも起用された曲ですね。というよりもそちらからの連想が強いですが。
もちろん起源は様々にあるでしょうが、このスレイヤーズという作品も、いわゆる中二病・邪気眼のルーツの一つに数えても構わないはずです。そこから神崎蘭子を連想するのもそう遠くはないですが、それらルーツからこの曲を推したい理由は歌詞にあります。
「うまく生きるより不器用でも私らしく歩きたい」というフレーズがまず一つ。そこから
「今届かない言葉をあきらめてつぐんでも 生まれた思い消えずに闇に溶けてく
夢を描くことすらもシュールにかたづけられ 熱望と拒絶の中深くで泣いてる」
のそれぞれの部分が。
外見や口調とは裏腹にとても素直な心根を持つ彼女ですが、いかにも思春期らしく、こうした反感や衝突もあったのだろう。あってほしいという願望に近い感情からの選曲です。
二宮飛鳥 How to go / School Food Punishment
中二病とは自我の萌芽にともなう、世間と自身との乖離に悩む思春期特有の痛々しい行動の総称であって、総称であるだけ個別にケースがあるでしょう。
飛鳥さんの場合は「世の中そんなもんだと理解して斜に構えたポーズ」や「第三者を気取ることで群衆からの離脱をはかる」あたりが症例だと思いますが、やはり歌うならぜひともそんな歌。
という基準で推したいこの曲は、そのまま社会や世間、現実との衝突を歌った曲です。
結局のところ、中二病で世間というものを知ったかぶりしても現実というものにぶつかるのはこれからなわけで。アイドルという大望を抱き、多くの変わり者と知遇を得た飛鳥さんは仲間も得たでしょうがまさしく壁にぶつかっている真っ最中ともいえるでしょう。この歌はその先を目指す決意の歌であり、ぜひとも飛鳥さんに歌って欲しい一曲です。
高峯のあ 二宮飛鳥 神崎蘭子 Re:Vanishmen / sasakure.UK feat.Annabel
せっかく憧れを抱く対象が、せっかく同じ属性という近い位置にいるのだから同じユニットとして歌わせてあげたいじゃないですか。
元より(他に言葉を選びづらいので敢えてで言えば)中二病的センスとして共通点を得ている三人ですが、同じ中二であっても微妙にニュアンスが異なるため、一つの歌を歌わせるには齟齬があるかも知れません。
しかしこの歌は、その問題をクリアしてくれる希有な曲だと思います。
滅びを迎えつつある近未来でドラゴンと戦うというこれまた希有で中二的センスに満ちたロールプレイングゲームのテーマソングというニッチを埋めてくれる素材だからこそでしょうか。
滅びを迎えつつあるのは飛鳥で近未来はのあさんでドラゴンと戦うは蘭子ね。
繰り返しになりますが、同じユニットとして歌わせてあげたい。
中二として嘲笑を受けがちなその感性も、貫くことが出来ればカッコイイおとなになれるんだよと。それは後進の二人の笑顔のみならず、先導役となるのあさんにとっても大切な意味を持つはずです。
トライアドプリムス Day After Day / FreQuency
断片的な英詩が続き、なんとも解釈の難しい曲ではあるのですが、「Day After Day Day After Day(来る日も、来る日も、来る日も、来る日も)」という連呼はどこか、なんとも痛切です。
そうして直訳と意訳(もしくは誤訳)を挟みながらも断片を拾い上げていくと
「私は舞台に立つつもりです」
「遠い、なんて遠いんだろう」
「諦めてしまいたい。でも私の魂はさまよっている」
「明日のその次の明日も物語は続き続ける」
と、酷く剥き出しに、諦めきれない執着を歌っているよう解釈できます。
その剥き出しさが、ひたむきさがトライアドプリムスの三人に重なるようにも感じられるのです。
そう思えば、
「行き先の傍らに花を見付けたんだ」という断片は凛が呟いたかのようですし、
「内側に開いた穴(弾痕?)を忘れるな」という部分は加蓮が病魔に苦しめられていた過去を指してるように感じられますし
「安全なところへ戻れと私自身が遠くに呼びかけている。それはどれだけ遠いだろう」と訳せる部分は、もうアイドルを志す前の自分には戻れないと悟った奈緒でしょうか。
強引なこじつけであることは承知ですが、それだけの切実さと、妄念とでも呼べそうな情熱とを感じさせる曲です。
要するにすごくカッコイイ。
常に走り続けることを意識し、言葉にする凛と、それを受け止める二人という組みあわせのこのユニットは「諦めきれない」もしくは「執着に突き動かされる姿」をかっこよく歌っているこの歌を、ぜひともかっこよくカバーして欲しいです。
あと蒼いし。あの蒼いACにはもう乗らないのか。
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はいそんなわけで。
全四回になるかしらと推定される文章量の半分をこれで消化いたしました。
次はまた明日というほど遠くはないタイミングで。
ガルパン最終章第二話の作劇と**隊長がいかにおれを泣かせたか。
劇場売店で。公開初日相応の熱気に溢れた売店にあって、よもや完売の憂き目にあってはならぬと慌て確保したグッズがありまして。
これ。
私以外の誰も見向きしてなかったような気もするけど。
この湯飲みのどこがいいか説明していい? いい?
あのねー。この、絶妙な『要らねぇー……』感がすごくいいんですよ。
この黒地に白に目を引く開催記念。居並ぶ主催・協賛の団体名の押しつけがましさ。
「そうよねー……なんか、偉いひとってこういう無用な記念品、作りがちよねー……」という何処に向けて訴えられてんだか一切不明のリアリティ。作中の各校関係者にもまず間違いなく配布されたであろうこの黒光りする湯飲みはきっと大洗女子の生徒会室あたりにも存在するはず。場合によっては角谷元会長もその唇を寄せたやも……まあよくて生徒会室でなくて校長室とかそのへんだと思うけどさ。
この、ファングッズとしての訴求力をさえ犠牲にして作られた『妙にリアリティのある「要らねぇー」感』は、アニメグッズとしての範疇を少し逸脱して、そのはみ出した分だけ僅かばかりに「現実」を侵食してるんですよ。
この湯飲みが存在する質量分だけ、ガルパンが現実にほんのすこし「実在」している。
まーさすがに本気で言ってるわけじゃないけど。でもそういうお遊びというかさ。
TVシリーズでの最終回放映時に、大洗で「祝 全国優勝 大洗女子学園」て横断幕が掲示されたり、あるいはKV-2ちゃんが撃ち抜いた大洗シーサイドホテルに掛けられたブルーシートとかさ。あれほどには粋ではないにせよ、それに類似した、フィクションで現実を少しだけ上書きする遊びに通じるよな、と。
いやーほんと。いらないけどー。でもこれを所有してたら間接的に無限軌道杯関係者ですよ。いらないけど。
ファングッズとして訴え得るのは、協賛の「淑女の会」で、そういえば戦車道って女子のたしなみとして扱われてるのにそのへんの描写はあんまなかったよねだとか(第一話の開会式的シーンでまさしく淑女な着物姿のご婦人方が初めてに近い描写だったのでは?)「或いはこの中に今大会のダークホースが紛れているのやも……」と嘱望されながらも特に波乱無く散っていったモブ同然高校の校名がきっちり全部掲載されてるところですかね。まあそれも月間戦車道あたりのが細かくフォローされてるけど。
等と割と大事なネタバレにさらりと触れたあたりで本題です。
そうなんよ。この記事は違いのわかるオタアピールのコーナーではなくガールズ&パンツァー最終章第二話のネタバレ感想です
おおきめの感想。
ガルパン最終章第二話の最初の印象は「50分間延々ガルパンらしさでぶん殴られ続けた。そんな気分だぜ……」でしたが、その印象をもうちょい言語化しようとぼんやりしてたら「そんな作劇、アリかよ……。そんな作劇が、あっていいのかよ……ッ」て気分になってきました。
なんのことやらわからんですね。順に言葉にしていきますと。
まーガルパンらしさってそもそもが抽象的な言葉ですが色々あるわけですよ。大きいとこから小さいとこまで。ガルパンなのにパンツ出さないけど入浴シーンは可能な限りぶっこむとか。今回でいえば、あんだけ第二話はBC学園との殴り合いだぜ……!! て煽った広報をしておきながらそれは10分そこそこで済ませちゃうあたりとか。そうそう。TVシリーズはこんな感じだったなー……むちゃくちゃ気になる引きなんだけど次週冒頭であっさり解決してその回でまた気っになる引きで終わるの繰り返しがさー……つってなんだか遠い目をしちゃったりとか。
まあそういう細かいのは置いといて。
ガルパンらしさの大意として多くの人にご賛同頂けそうなのは「リアリティとフィクションのダイナミズム」みたいな感じじゃないですかね。戦車の描写は細かいところまでこだわって、そうした積み立てを足場にしてド派手なアクションシーンでみごとにかなぐり捨てる。
小さなリアリティを積み重ねて、大きな嘘でそれをどばがーんと爆砕する。
その落差や緩急に振り回されているうちにいつのまにか物語そのものに引き込まれている。
今回ほどそれが作劇に意図的に、ミスリードと言っても構わないくらいに利用されたのは初めてなんじゃないですかね。
ガルパンらしさってのは良かれ悪しかれな部分もあると思うんスよ。まあガルパンだしなあーと苦笑い気味に流されるシーン。良くも悪くも言い訳として機能しているシーン。
今回でいうなら知波単学園の「ちょっと待て。それは本当に突撃といえるのか……?」「はっはっはー。馬鹿だなあ。名前に突撃と入っているじゃあないか!」「それもそうか。よし突撃!!」というシーン。
なんじゃそら。ではあります。
まあ知波単だし、ガルパンだしね。と好意的な半笑いで済ませることの可能なシーンではあります。
実際、そのシーンに至るまでに大なり小なりジャブなりストレートなりのガルパンらしさで打ちのめされてきた私の感性はすんなりそれを受け入れます。まあガルパンだしねーと。
そしてお話は進み、ガルパンらしく、知波単らしからぬ知略が完全にハマり、あの大洗女子が、あの西住みほが、知略において常に後手に後手に後手を迫られるシーンが連続します。
いつもの突撃を封印し、戦術アリを思わせ機先を制し持久戦へ持ち込み、高台への進行を徹底阻止し、河川地域へ誘導する。
後世の人間からは物笑いの種にしかならないような弱小戦車が一矢報いてみせる。それもリアリティとフィクションの往復幅跳びでありガルパンらしさではありますが、一方であの知波単らしからぬ部分がある。
だからなんですかねー。
あの「知波単のラバさん」の歌唱突撃でなんかこう。泣けてしまったのは。
わざわざスピーカーまで持ち出しての朗らかな熱唱。だからアンタら夜戦でゲリラ戦やってんだろそんなことして平気なのかよと。でももうほんと楽しそうだからあらゆるツッコミは無用のものと感じられる。唄がまたいい。すごくいい。
「わたしのラバさんほんとにいるのかな」 あー。直前まで戦車がどうのこうのっつってた歌詞なのにこの部分ほんと少女ー。そうかー。これが戦車道かー。みたいなさー。
まあ。ほっとしたんだと思うんですよ。
知波単らしからぬ「勝つこと」を目的とした立ち回りに加えて、先の試合も、敵対戦車への偽装による欺瞞工作を戦車好きおじさんなら「あああ知ってるグライフ作戦だあああ」てはしゃいじゃう一方で、え、それは……主人公チームに許される立ち回りなの……? つってちょいと引いちゃうくらいに功を奏しててで。
戦車戦に関しては割とガチ目なシーンが続いてたからさ。
そこで「いや試合最中やろキミら」という、底抜けに朗らかなあのシーンでさ。ああ、これがガルパンだ。これが戦車道だっつってほっとしちゃって、いうなれば緊張が緩んだついでに涙腺も、な。なんか泣けてな。
だからこそ「こんな作劇ありかよ……!」と思い知らされることになるんだけど。
知波単らしからぬ、という感想も逆にいえば知波単らしさってなんだってのの認識に繋がるわけよね。それも含めて「知波単だから仕方がない」「知波単らしくない」「さすが知波単だ」と。あそこに至るまでに、幾重にも意識化に「知波単らしさ」というものをすり込まれてきた訳です。
その極点に訪れるのが。そうですね。あの。
「は! 転進でありますね!」
「違う! これは――撤退だ!!」
な、訳ですよ。
泣くわ。
そりゃ、泣くわ。
硬軟あわせてガルパンらしさを、戦車道らしさをスクリーンに投影してきた今回の知波単に対して親近感を、好意を抱かないガルパンおじさんなんているのか。いやしねえよ。
それがですよ。
改めてほんと、そんな作劇ありかよと思いますな。これまで散々「まあガルパンだしね」「まあ知波単だしねー」と、観劇する私らの固定観念を利用してエクスキューズめいた展開を敷いておきながら、観る側に改めて「ガルパンらしさとはなんだ?」「知波単らしさとは何か?」と意識化に植え付けつつ、それをブラフのようにしてこんなカードを切ってくる。
もう完璧に虚を突かれたし。それだけに、西隊長の決断に完璧に心を撃ち抜かれた。
そしてそれが翻ってガルパンらしさとは何か? という回答にも繋がる鮮やかさがある。
西隊長の決意に涙腺をぶち抜かれたあとも、少々疑問が残ったんですよね。
「勝つことこそが、西住さんへの恩返し――!」という第二話を結んだ西隊長の台詞。
改めて考えると、西さんが大洗に感じてた恩義って何よ? て疑問がある。
逆ならわかるんですけどね。劇場版にて、再度の廃校危機回避には知波単の助力だってたぶん不可欠のものだったでしょう。大洗は知波単学園に分配方式ではあれ大きな借りがある。
でも、逆に、大洗が知波単になんか施しをしたことあったっけ? と。
たぶんその恩義ってのは、TVシリーズでの大洗女子優勝にまで遡ると思うんよね。
あの優勝が戦車道界隈に与えた影響てのはそりゃーもーでかいはずで。優勝常連校が常に上位を占めていた閉塞を、久々参加の出場校が、しかも大した戦力を保有してない高校が、しかもしかも名だたる優勝候補をことごとく打ち崩して優勝へと至った。
あの優勝でもって、各校はもう保有戦力を緒戦敗退の言い訳にできなくなった。
で。おそらく知波単学園はその偉業に対し真っ先に敬意を表しにいったんじゃあるめえか。円盤のおまけストーリーで電報打ってたりしたよね。
廃校阻止という義と知勇とを持ち合わせた尊敬すべき相手と知波単には映ったろう。そこからの交流を経て、合同練習試合に参加するに至ったんだろうなと。
今思い返せばなんかほんと急にいたよな。知波単。劇場版冒頭の交流試合で。それまでマジのガチにワンカットしか出てなかったのに。
交流試合と、高校連合としての経験を経て、まずは末端である玉田に変化が兆し、功奏して、その変化は知波単の戦車道そのものに及んでいく。
西隊長はその変化を好意的に捉えてたはずで。但し、その捉え方はただ全面肯定というよりも「(やがてこの隊を率いる)後輩の試行錯誤を奨励し好ましく考えていた」くらいのものだったんじゃあるめえか。
案外どっちつかずだったんじゃあるまいかと。
最善を試行錯誤し、その結果の変化なら望むべくもない。けれども皆が伝統に殉死するを選ぶならそれもまたよしみたいな。
和を以て貴し。
我々はこのままでいいのだろうか? よくない、いやいい……と悩むシーンは実際あれども、隊長権限としてそれを断行したことはなかった。
だからあの、崖へと滑落したシーンでみせた、凜々しく透徹した表情。その裏側には、煮え滾るような悔恨と悔悟と、峻烈な自己叱責が内在し渦巻いていたのではあるまいか。
部下達は敵手の策略を看破していた。なのにそれを、隊長として掬い上げてやることが出来なかった。その挙げ句がこの窮状だ。
後輩の変化を望ましい形に導いてやることができなかった。
現状に疑問を持ちながらも、その変化を後輩にばかり委ねてはいなかったか?
伝統を重んじていたのは素振りだけで、輪を乱し責を負う覚悟がなかっただけではないか?
後輩の意見を尊重する振りをしながら、責任を後輩に押しつけていただけではないのか?
試合開始前、西住どのへなんと言った?
「よもや勝とうとは考えてはおりませぬ」?
それは勝利を諦めず戦い抜いた彼らへの冒涜ではないのか?
我々は弱いから勝てない? 勝つことを諦める。それが臆病でなくなんだというのか。
私は、後輩に何かをしてやれたのか? 後輩の為に私自身が何かを為せたのか?
後輩を中心に知波単は変わりつつある。私は、変われたのか? 変わろうとしたのか?
その奔流が、あの瞬間、決断となってほとばしったのがあの「撤退だ!!」という命令だったのではあるまいか。
勝つ為への最善手を断行するという決断である。
西隊長に苛烈に芽吹いた、自らも変わるのだという決断である。
そりゃもう、泣くわ。
知波単らしからぬというびっくりが思わず涙腺から涙滴を押し出したのではなく。知波単が知波単らしくないという行為でもって最大威力でガルパンらしさを体現したのだわ。
いうなれば、知波単学園が大洗女子より受けた恩義とは「変わるきっかけ」なのだ。
だからこそ第二話は「勝つことこそが、西住さんへの恩返し」として結ばれる。
勝つことを諦めず、試行錯誤を重ね、その過程で他者を認め、自らの理想型を探し見出す。
それこそが戦車道……。
そういう意味じゃ、BC学園が一回戦の、いうなれば今作のオープニングアクトであったってのはいかにも象徴的で脚本的意図を思わせる配役であることよな。
彼女らはまさしく、変化の必要を意識しながらもそれに徹することが出来ず、それが直接の敗因となった。そして朧げながらも自分たちの理想形を意識し始める。
偽装し仲違いを演出するというのもなかなかエグい立ち回りだけど、良薬が苦かったり忠信がうるさかったりする感じに、大洗女子は先達として正しく先導したとも申せましょう。
第一話でザッピングされた各高校の描写がいかにも象徴的であるように、最終章と銘打たれた今作は、換言するならば卒業式なのでありましょう。
これまで戦車道を歩んできた女子達が、自身に兆した理想に向けての第一歩を、証明として儂らガルパンおじさんに披露する式典。まあ赤の他人にそんな義理もあるまいが、でもなんつったって儂らはおじさんだし。
公開初見時には「そんな理由かーい」と総ツッコミの対象となった、桃ちゃんの留年阻止、要するに卒業への手助けという理由も、最終章最終回ではその理由に泣かされるに違いありません。
たぶんな。
私のカンは大概はずれるからなあ。
あー。卒業したくねえー。
こまかめの感想。
他、細かい感想を思い出せる限りの時系列にメモしておきます。
・3分でわかるガルパン今回もやるんかな。あのもはや白々しく聞こえてくる西住ちゃんの「初めまして」な茶番もやるんかなとか思ってたら桃ちゃんが出てきた。
たぶん三話冒頭はサメさんチームがやるな。
・セクシー・ザ・カトラス。カトラス・ザ・セクシー。
・「そんで結局、押安の仲違いはどのへんまで演技なん?」という疑問を一発で氷解させてくれるやりとりは脚本的にも鮮やかではあるけどもな。あるけども。
・BC学園の仲違いは学園の創立にまで根差す話である。
戦車道チームとしては欺瞞工作だったとしてもそれは急ごしらえのものではないのか。
というあたりまではこちらも予想通りで。であればこそ「身分の差を超えて結託しなければならないほどの、勝たなければならない理由が彼女らには出来たのだ。その理由こそが第二話の軸となるに違いない」とかいう予想は見事に空振りだったけど。
最初にガルパンらしさを感じたのはここだったな……そういう細かい動機付けを細かいこととして悪く言えば大雑把に片付けていくところが。
・干し芋ばかにすると元会長が怒るぞ。珍しく。
もしくは干し芋みたいな連中と言われても褒め言葉として受け取るか。いいじゃん干し芋とかなんとかいって。
・自己評価の低さからかやたらと体張って貢献したがるし、それで失敗したら割と長いこと引きずりがちの秋山殿がかなり前向きに立ち直ってるあたりに成長を感じるように感じます。
・偽装戦車による欺瞞工作! 知ってるぞおじさん知ってるぞグライフ作戦よねM10に偽装したパンターだよねワールドタンクミュージアムのシークレットで入手したことあるから知ってる!!
・というはしゃぎっぷりに即冷や水かぶせられる勢いで効果的。
・ここでモブソミュアがモブARL44にするりと横付けしての接射があざやかで思わず「巧いッ!!」てそれこそ観客席のモブ戦車道に詳しいおじさんみたいな呟きをしてしまいそうになったりさ。
戦車道のスポーツ感でてていいなあと。
・全体的に受験組のソミュアの動きが見事だったな。ARLは長砲身でスナイパークラスだから見せ場を作るのが難しかったか。
作劇的な意味もあるけどこんだけの乱戦下にあってはなあ。
・マリーさんの一挙動毎に「あれ。なんか今すごい動きしなかったか」「あれ。マリーさんなんか今すごい動きしなかったか」て思ってた気がする。
・砲塔に弾丸を掠らせることで射線をずらすとか、戦車道にもパリングがあんのかよ。
ぐるぐる回るアヒルさんチームも可愛らしいけどもこれ絶対真似するよねアヒルさんチームなら。
・戦車道パリングとか、フラッグ車に体当たりして庇うとか、安藤ソミュアの野卑ながらも技術に溢れる操縦マジ新境地。
・はしごがわりなったり壁代わりになったりで工作車みたいな立ち回りでしか活躍できないマークⅣちゃん。
工作車ってそういう意味じゃないです。
・マークⅣは塹壕突破を目的としているから後代の戦車と比べても全長が8mで長めなのだ。西住ちゃんの乗ってる4号戦車は元後方火力支援型で大きめなんだけどそれでも7m。
・マリーさんのルノーFTちゃんが追いかけ回していたのはフラッグ車であって、しかもなんだかんだで大洗も車輌を落としているから最終的な印象ほどには大洗安泰の勝利でなく、寸前までわからない部分があったわけだ。
いずれ大洗は出血を覚悟の上で至近戦を挑んだわけだけど、指揮の暇がなくなる乱戦はそれこそ各々各自全車両それぞれ作戦立案できる大洗のもはやお家芸であると。
・今回やたら食べるよね。
・やたらケーキに執着してた冷泉さんの報われっぷり。
・ケーキ祭りから即クレープでおしるこも入れるという戦車道JKの別腹力。
(シーンが連続してるだけで一応日付は変わってる?)
・前作かりゃい! 今作しゃむい!
低燃費理知的キャラなので誤解しがちだけど冷泉さんは「潮を感じたい気分だったんだ」とロマンにも走りがちな娘。
・関係ないけど、上映後に「えーと、カヌレがでて、ガレットがでて、サバランでいいんだよなアレは。それから……」つってマリーさんの食べてたケーキをリストアップしてたひとがいたんだけどそのスジの方でしょうか。
・アリクイさんチームが遊んでたのはフロントラインでええのんか。タイトーのやつ。
持ってるゲーム機は正直見当が付かない。
・サメさんに驚かされるウサギさんは定番化するんですかね。
追っかけ回されて右に左に響く音響効果はさすが7.1。
・島田さんちの娘さんがどの高校に転入するかは最終章で大事なカードになる話よね。
とは思ってたけど、そういえばありすちゃん転入先探してる話は円盤の映像特典でしかやってないんだった。そこんとこにしっかりフォロー入れるのは親切な話だ。
・あのお話で、「西住さんとはライバルでいたいから」という理由で大洗を去る島田ちゃんに、角谷元会長は「まあわかってたけどねー」て姿勢だったようにみえるんですけどどうなんですかね。
・そういえばその時点から桃ちゃんは「我々の卒業後も今後も憂いのないよう大洗の戦車道を盤石なものに」つって必死さだしてた気がするけどどうだっけ。
・ボコミュージアム相変わらず客足乏しげなの不安なんですけど。
・アトラクション受付嬢の相変わらずの棒台詞。
・年間パス自費購入とかいうファンの鑑。
・ボコライドのときの壁面や天井が戦車の天板みたくみえたんだけど、あれはなんか元ネタがあるんかしら。単に3Dデータ流用しただけ?
・「早く転入先決めて、それで、もう一度西住さんと戦いたい!」と笑顔で言うありすに対して即答できず少し間を作った西住ちゃん。と、少しひっかかりのある演出。
西住ちゃんは今は前向きにせよかつては戦車道に対し鬱屈とした感情もあったわけで、それに対する島田流の真っ直ぐさが少々眩しかったか。
追われる立場であることに自覚が足りなかったか、島田流の真っ向勝負を受けられるほどの自負が未だ芽生えてないのか。
ともかくも返答は笑顔ではあった。
・氷山空母ってなんだ。銀英伝みたいなことマジでやった国があんのどうせイギリスだろうけど。
・ピースボートとドレッドノートって似てますかね。
・何かと家庭環境に問題を抱えがちな大洗女子。
・桃ちゃんち貧乏話は正直蛇足に感じなくもない。
それと知りつつ膨大な作業量任せてた角谷元会長の鬼の処遇みたいな話になんない?
・直前のケーキまみれからのパン耳という落差(うまそう。
・画面右から響く幼女の鼻をかむ音はさすが7.1。
・干し芋自家生産してるんですか元会長。
・まさか「コアラの森はねー。たぶんね、コアラが隊長やってるんですよ」とかいう与太話そのまんまだとは思わないじゃない。
・戦車砲のロングスケールのスナイピングの時間差ってやっぱ迫力あるよね。美しい放物線じゃ。
・しばらく絵描きさんの間で流行する青師団(の制服。
・今なんか多砲塔戦車うつってませんでしたか他砲塔戦車。
・結局、いつものメンツが勝ち残ってモブ高校はモブから脱却できず、その点を今作の欠点としてあげる向きがあるようで。
言いたいことはわからんじゃないけど、今作のテーマは卒業であって、その卒業は桃ちゃんだけでなく各校にも降りかかるテーマなのだ。我々と戦車道を歩む各女子とのお別れの儀式でもあるのだ。
だから、この映画のスタッフがその点をおざなりにするような、言うなれば一部ファンをがっかりさせるような、そんな真似をするはずがないじゃないか。
・というのは前回の反省を経て思うことである。
いや一校くらいは初戦敗退するんじゃないかなダークホースが出現するんじゃないかなとか思ってた。
・でもサンダースはやっぱ噛ませになるんじゃねえかなって……継続の。
・ガルパンでみたことのない戦場でガルパンで観てみたい戦場に個人的に「砂漠戦がみたい! 砂漠だっつってんのになんでか雪化粧しててもいいよ!」とか思ってたけど継続さんがちらりとやっちゃったね。
・うーわーあー。南方だぁー。南の戦争だあーー。
・しかも雨が降ってるー濡れている、どこも濡れているつって外人部隊が発作的に自殺しちゃううー。
・密林ぽい交戦はいちおう劇場版でもやってたけど、そこだけを丹念にステージにする展開は今回が初めてか。しかも夜戦。
・さすが戦争てのは人類最大の御祭騒ぎで、モチーフには事欠かんのですなあ。
・「よもや勝てるとは思っておりません」という西隊長に対し
「私たち、強くなんてなかった。今もそう。でも諦めなかった」と応える西住ちゃん。
さわやかなやりとりではあるが、このやりとりこそが後の「撤退だ!」という決断を引き出すのだと思えばとても大事なシーンである。
・それはそれとして西住ちゃんにはこういうとこがある。
素直で真っ直ぐだからこそ、相手が見せた甘えを柔らかく拒絶してしまうようなところが。
このやりとりも言葉を換えれば「勝つつもりはそんなにないよ」「うるせえ全力でこいや」な訳だし、前にも「降伏という選択肢も……」「それはあり得ません」とかーさー。
・何が言いたいかというとあんみほくれ。みほあんくれ。
・ひざまくら。
・映画初見てのはいいもんで、スタックしたりのいちいちでここでリタイアになったりするんかなどうかなってハラハラしてしまったりが楽しくてさ。
・ここでエンジン酷使したのがまさかのP虎退場の布石になってたりとかしない? しなさそう?
・第一話から続いてそどまこが濃厚ですこと。
・ラバさんってなんだ。ラバウルとなんか関係ある? と思って検索したけどしみじみいい歌ね。
・スピーカー取り出したのって劇場版でカメラ構えてたコ?
・詳しい人なら月の見え方で緯度経度割り出せるんちゃう? ムリ?
・炊き込みご飯はタケノコご飯でしたかね。
・おいしや牛乳。オイ車とかけてる?
コンビニご飯で済ませてるところがなんとなくスポーツ部女子っぽくて好きなんですよね。
・映画の話から奇襲を察知できるウサギさんチームは相変わらず映画オタ班なのか。
・それこそ密林とワニって元ネタありそげなシーンだけど……。
・迷彩柄のアヒルが赤いバンダナをしてたような気がするのは気のせいだったか。怒ってたようにみえたのは気のせいだったか。
・無限軌道杯っつーからには戦車でない無限軌道ネタぶっこんでくるんだろうなとか思ってたけど内火艇とは。
・ポルシェティーガーのことを通称で呼ばずきっちり「ぶいけーよんごーまるひと」と呼ぶ知波単の几帳面さ。
P虎ちゃんは「ポルシェ博士が(後にティーガーと号されることになる)次期戦車のコンペへ出したけども採用されなかった試作機」でポルシェティーガーという呼称はあくまで通称なのだな。
・そのくせに三突こと三号突撃砲を正式名称で「三号……あー、なにがし!」て呼んだのはなんでなん? やっぱ突撃って発声したらみんな条件反射で吶喊しちまうから?
・P虎が……旧日本陸軍車輌でP虎を……しかも知波単が……。
最終章全話通じても最も驚くべきシーンがここかも知れないのだわ。
・ちゃんとエレクトリックなエンジンが射貫かれた感じの効果がいいですね。
・一撃離脱で高台への侵攻を阻止 → 開けた河川地域で迎撃姿勢 → 伏兵での奇襲 → 二輛のみ迎撃にあたらせ残りはフラッグ車の防衛に → 夜闇からの急襲肉薄 → 曳光弾掃射 → 守りの要を見事撃ち抜く。
ここまでの展開であの知波単が、あの大洗を戦術面で完全に後手に後手に回らせてるのがすごい。むしろ西住ちゃん的には、知波単の勝ち筋は唯一奇襲のみだから迂闊に仕掛けず一つ一つ策を潰すつもりで受けて立ったのかな。実際対応と指示が的確なうえにはえー。
・そこからの乱戦と離脱と、夜の闇と密林との、初見では何が起きてるのか把握しきれないというか、敢えて視聴者に情報を伝えるよりも混戦は混戦のまま伝えるのだと割切ったような絵作りと展開はもはや新境地だわ……。
第一話で正直消化不良で食い足りなかった戦車戦が今度はほんと贅沢……しかも完全に戦車戦を通じたストーリーテリング……。
・戦車戦のみならず、細かすぎるネタや元ネタのありそうなシーンやキャラクターの小芝居などで過密な情報量を叩き込んできて観る側にオーバーフロー起こさせるのはアニメじゃジブリくらいしか出来なかった手法にも感じるけどそれはさすがに言い過ぎかしら……。映像による視覚情報密度って点じゃ無論ジブリには及ぶべくもねえけど、背後にある情報量って意味じゃほんと掬いきれない……。
・そんでもう、「撤退だ!」に関しては言うことねっす。散々言ったし。
・「すごいね、福ちゃん」「そうだね。でも、絶対勝ちたい」のさ。ほんと、競いあうことでしか辿り着けないさわやかさがな。
いつだか私はアヒルさんチームを、搭乗車輌の性能差を一切言い訳にしない潔さがあると評したけど、もうこの瞬間、そんなもん完全に置き去りにした相互いに認め合う純粋さに到達してるよね。八九式vs九七式でなく、アヒルさん対福田隊なのよというかさ……戦車道というフィクションを生み出したガルパンはそのフィクションのなかで自ら戦車道というものの精髄に達してるわけですよ……。
・ところで実際に撤退するさいに誰かキューポラ上で気絶してるコがいて、確かいちばん突撃にこだわってたコにみえたけど。アレは「うるさいコが口出しできない状態だったので撤退も速やかにいきました」的こまかなリアリズム描写なのか、西隊長から飛び出した撤退て言葉の直撃に耐えきれず意識を失った描写なのかどっちなん?
・で。まあ。
敢えて「それで第三話はいつなんですか」とか言わないよ。
待ちます。もう、おれの寿命がある限り待ちますよ。ほんと。次が楽しみだぜ……。
ガルパン最終章第二話公開前夜のどうたらこうたら。
まあ買ったんだけどさ。
はい。極めて個人的でおれしか楽しくない企画であるところのガルパン最終章を観る前の脳みそとみた後の脳みそじゃ決定的な違いが生じるからせっかくだし観る前の脳みそを文字という形で部分的に保存しておこうかな企画こと空振り三振大旋風の第二話分です。
第一話のときのはこっち。
tehihi.hatenablog.com
そういう企画なら読み返さないと意味ないよねと、第二話公開を控えた前夜である今に読み返したらば、なんというかなんかただああこのひとほんと角谷杏前会長が大好きなんだな。きーもちわるぅーいという脳汁ばかりが目立ちますね。
知ってた。
桃ちゃん先輩が桃ちゃん隊長になることの弊害だけどさ。
桃ちゃんの指揮により選抜優勝できましたという実績のため、作戦決定権はおおむね彼女に委譲されるんであって。
そのため、これまでのガルパン通じてさりげにさりげに大切な一言である、杏元会長の「ねー、西住ちゃん(さりげに作戦指揮の決定権を全て西住隊長に委ねている杏元会長の分の弁えっぷりとそこから暗に暗に根深く結びつき合い濃縮されゆく濃厚濃密なあんみほ)」が聴けなくなるんかなと思うと……おれはもうほんと切なくて……。
まあそんなで……そんなで……改めて……第二話を前に第一話を見返しつつ先の記録を読み返してみると……なんていうか。こう。
「そういえば最終章だったなあ……」
とか口にだしてもらしてしまいました。
そういえば最終章だったよな。実家のような安心感というほどではないにせよ。なんかこう。割といつものガルパンでかなりいい意味の安定感で。第一話観覧前にあったあの差し迫った危機感めいた感情が完全に空回りにバットが空を切る空騒ぎだったななんて。
なんて思うけど。それでも最終章は最終章で、今度公開されるのは最終章の第一話ではなく第二話なのだ。物語の完結と完成へ、そこからもう揺るがせない形へ向けて少しずつ進んでいるのだ。
なんてことない学校生活でも一日ずつ卒業が近付いているみたいなさ。
そうなんよね。
こうして振り返ると最終章第一話に通底するテーマにやはり「卒業」があるよう感じます。そもそも(あんだけ公開前に引っ張るだけ引っ張った)戦う理由が桃ちゃん先輩の留年阻止であることからも明らかなようにさ。
劇場版の夏から、秋と、最終章の冬という、僅かだけど短いとも言い切れない季節を経た各キャラクターの成長を細かい場面でほのめかしてある。それこそが、各キャラクター達の行く末をしっかり描いていくことの宣言に思える。
んん。わざわざ文字に書くとすごく今さらに感じるけど。
そーなんよねー。
そうしてみれば桃ちゃんの留年阻止を掲げた今回の戦いも、テーマに相応しく感じられる。言うなれば壮行会。言い換えれば追い出し会。
これまでのお話で、大洗女子学園への執着は各々のキャラクターがそれぞれに表出させてきたけれど、そのなかでも最も顕著に露わに露見させてたのが桃ちゃんである。要するに桃ちゃんがいちばん大洗女子学園に執着してた。
物語の完結にともなう「卒業」はその物語に関わる全ての人に降りかかる。
作中人物はもちろんだし、それを制作するスタッフもそうだし、何よりも視聴者である私らもである。
私たちでさえ、いずれはガールズ&パンツァーという物語から卒業しなければならない。
そのへんを思えば、恐らくは第一話初見で誰もが感じた「そぉーんな理由かぁーい」という今回の、大洗女子達の「戦う理由」が腑に落ちてくるところである。
……卒業、したくねえなあー。
あと個人的な感慨をいえば。
やっぱり彼女たちは他の誰かの為にしか戦えないんだなあという諦念にもにた微笑ましさとか。
それまでそんだけ大洗女子が好きなのに喚き立てるくらいしか出来なかった桃ちゃんがついに自立自助の機会を得たのかも知れないなとか。
大洗女子ってやっぱ初戦敗退するんかもなあとか。
あり得ると思うんよね。大洗女子初戦敗退。
いやキミらなんかもう少々なんでもかんでも戦車で解決しようとしすぎじゃん。卒業したら戦車でなんとかするのも概ね通じなくなるんだからここはもう実力で大学受験がんばりな? みたいなお節介気味な道徳観念。
というよりも、そういうエクスキューズがあるなら奮戦及ばず負けちゃいましたーという展開にしても後腐れがないんじゃないかしらとか。
あとメタ的にも、大洗女子のゲリラ戦法もまだまだネタ切れには遠いだろうけど、そろそろプラウダvs黒森峰みたいな大正統派同士の対戦だってみてみたいよねとかさ。
つまり、大洗女子は第二話でいったん退場して、残り三話くらいは各校にフォーカスを移す番外編的なお話で進行させる。各校の今後や新キャラが匂わされてるのもそうした布石に感じると言えば感じなくもない。
そんで、第六話はこれまでの50分前後の構成をかなぐり捨てて、最終章最終話に相応しい2時間のスケールをとって、「みほさんともう一度戦いたいから」という理由で大洗女子への転校を蹴って以来消息のわからない島田流との再決戦を描く……!
みたいな予感が。
まあ私の予感ってだいたいはずれるしな(前回の話で強烈に実証済み)
あと九輛目の戦車がマークⅣであることがどれだけ完璧なプロダクトかの話していい?
どの国のどれが原初の戦車かは諸説あるんだけど、少なくとも戦車が「Tank」と呼ばれる由縁となったのがあの菱形戦車ことマークⅣちゃんで史実初の戦車同士の戦車戦を行った意味でも「最初の戦車」でありその開発経緯はイギリス陸軍でなく海軍が主導で行われてたんよね。その理由は諸々あるらしいけれども当時海軍は蒸気機関の成功によって大質量の操縦に自信があって、そのために「ランドシップ=陸の船」と呼ばれてたわけよ。そう、陸の船。船舶科が乗るにはたいへん相応しいし、予備知識だけど、開発時点だと暗号としてランドシップの連想からかウォーターサーバーと符号されててでもそれだと「W.C.」でトイレのことになるじゃんそれはちょっと勘弁してくれんかってことで「Tank」ってなったらしいよという話とかそうなのよねそもそも蒸気機関が検討されてた通り原初の戦車は内燃機関か外燃機関かから決めなければならなかったわけで、まあそのガルパンの大きな謎の一つだった船舶科がこうしてクローズアップされるのも美しいし、大洗女子はイギリス車両も持ってなかったしな! それがサメさんチームというのも戦車オタなんだか映画オタなんだかわからないところのあるガルパンらしい部分があるよねだってサメよサメ。通信棒を帆として見立てるのもなお素晴らしいアイディアだしどこまでも細かく見事にバチりとハマったピースでさー。そんで菱形戦車が戦車としての歴史のスタート地点であるならその原型を象ったのが対戦相手であるマリーさんの搭乗する、あまりにも画期的な回転砲塔を乗っけて以降歴史上全ての戦車の原型とさえなったルノーFT17なわけよつまり今回の対戦カードは戦車の源流同士の対決でもあるわけよな!! ねえ聞いてる!?
まあ戦力としてはほんとにな! なんていうの!? 論外!?
とかまあそんなかな。色々書き漏らしたことがある気がするけど。
それにしても公開は明日かー。時間がたつのってはやいねー。
一話から二話までで一年半とかお前全話公開に何年かかるんだよ余命のあるガルパンおじさんにはきついスケジューリングだなとか思いきや加齢により時間の流れが加速しているガルパンおじさんに適した時間配分だったみたいなさ。
以下は、あらためて第一話をお家で見返した際のおまけメモです。
・あんこうチームエンブレムからカメラが入る。
これが一度被弾するところまでが劇場版と同じアングル……ん? あれ? 劇場版はダージリンさんの紅茶から入ったよな……でも以前にもなかったっけあんこうマークが被弾するところから入るシーケンス……記憶混ざってる?
で、もう一度被弾してシュルツェン奥のあんこうさん。
シリーズ復活を意図してるのか、二度あることは三度あるの暗喩か。
・橋! 橋ですよ!
レマゲン鉄橋! 遠すぎた橋! あるいは戦略大作戦!
戦争映画の名シーンと言えばやはり橋なわけですよ!!
橋の端からチームメイト全員を写す絵面もにくいな!
・このアニメ、ダージリンさん特別扱いしてるよね。
・コスモスかな。空模様もなんとなく秋を思わせるけど詳しくないからわからない。
・何故か泣けるとみながいうOP。おれも泣けるというOP。
・戦車内部の絵面、またなんか詳しくなってない?
・OPに新車輌いないけど、第二話で書き下ろすの?
・砲塔を前に向けながら後退するチハたん。
・レオポンさんチームがレオポンさんチームとして言及したとおりの「雨が降って路面が水浸しならできるかもね」ドリフト。
・OP詐欺はありがちとはいえ、マウスと再戦するのはあり得るんですかね。
・オタクの抱える様々な劣等感を象徴しがちことエリカさん。
・まほおねーちゃんの背景でぐるぐる回ってるのなんのモチーフだろね。
・OPで存在感を放つわりに作中では出番のない猫も最終章スケールにあわせて盛々。
・ゴリアテちゃん! リモコン戦車ことゴリアテちゃんじゃないか!
・サンシャモンちゃん! サンシャモン突撃戦車じゃないか! と思うけどなんで無限軌道杯のポスターに採用されてるんだろ。
・時期生徒会のお話、ドラマCDでやってるらしいけどフォローできてないんよね……。
・「だったら戦車探してないで勉強したらどうだー?」と、桃ちゃんが戦車を探していることに自然と話を接続させる角谷元会長だけど、なんの目論見があるんかなとかいちいち勘ぐってしまう。
・もう二度と廃校などという憂き目にあわないよう。
一度きりの徒花でなく持続可能な環境を整えるべく立ち回ってるのは立派。ほんとに立派。
でも見付かった車輌は……車輌が……見付かった車輌のことを思うとやっぱ桃ちゃん勉強してた方が良かったんじゃないかなというか……。
・あんだけ引っ張った戦う理由がだな。
・河嶋さんは無遅刻無欠席なのにというかそどこさんほんと人品の判断基準そこしかないんですね。
・AO入試の説明を一年生チームにしてくれるのがバレー部チーム女子なあたり、スポーツ特待を意識している部分があったんだろうか。
・ニーダーザクセン大学ってなんのことよと思って検索したけど、ドイツのニーダーザクセン州にはドイツ機甲師団の歴史を学べる士官学校教育施設が設立されたとこみたい。一般開放されて年間数万の来場者だとか。
・桃ちゃん隊長を指して傀儡隊長。
対戦相手のBC自由学園はドイツ占領下の暫定政権こと傀儡政権であるとこのヴィシー政権から名前を拝借したんだろうけど、要するに傀儡vs傀儡であると。
・視線を集めてもひるまなくなってる西住隊長。
・風紀を取り締まる為か地下に詳しいそどこ。
遅刻取り締まり以外にも仕事してたんね?
そういやTVシリーズでも率先して戦車探索してた気がする。
・そういえば、TVシリーズで地下で迷ったウサギさんチームを迎えにいけと地図を手渡したのが桃ちゃんじゃなかったっけ? その頃から居酒屋どん底と交流があった?
・船舶科さん礼儀正しいよね。挨拶くらいしか台詞らしい台詞がないともいえる。
・元風紀委員と腕章をみせるそどこだけど、風紀委員も代替わりしたんね?
・そどこを連れ去って営倉(ではない)に放り込んだあげくにあの二人組は「いったいどこに消えたのよ」
・丁寧にみんな牛乳入りメニューを注文してまで「ママのミルクでも飲んでな」というお約束に導かれる展開。冷泉さんの相変わらずのミルクセーキへの執着はなんなん。
・ここまで濃厚なそどまこ。
・ガタイのいい女子ってガルパン世界にいなかったよね。ムラカミさん。
・秋山殿がポテトマッシャーもってるのなんというか根暗男子がナイフ持って学校に行く的なガチっぽさがあるからやめて。
・熱とアルコールの紅潮を絵的に混同させていけ。
・鯛焼き型の氷嚢。
・改めて思うと、サメさんチーム参戦の理由が「桃ちゃん先輩に恩義がある」て相当なご都合主義な?
・おおおおマークⅣちゃんだランドシップだ丘の船だ……。
・トランスミッターに手が入ってるのは納得よね……マークⅣが抱えていた欠点として、ギアの操作が左右分離してて、操縦するのに右の履帯と左の履帯のそれぞれに人員が必要だったらしいんよ……そんでメインのギアを操作するのに一人、ブレーキ役にもう一人で、操縦だけで四人取られるんな。ただ右に曲がりたいってだけでもそれぞれ声かけあってじゃないとままならない戦隊モノの巨大ロボ操縦並みに息を合わせないとダメだったとかどうとか。
・肉のにおいの芳香剤って実在した気がするけど検索はしない。
・河嶋さん留年の危機らしいですよという会話から自然と「ダージリン様はイギリスへ留学が決まって良かったですね」となるあたり、ダージリンさんギリギリだったんかな。
ようやく本場の茶が飲めるというのも笑いどころかもしれない。
・あ、キューカンバーのサンドイッチだ。
・下級生は席につけれないの従卒っぽさがあってすき。
・サンダースの会話。
「大洗女子とプラウダと聖グロリアーナ。それからウチで争うことになりそうね」
って台詞、なんか伏兵の存在を匂わせてない? 気のせい?
・ガルパンお馴染みのお風呂シーンは今回サウナという形でノルマ達成ですか。
「みなと過ごすのと同じくらい孤独は大切なんだよ」
はよくぞ言ってくれたというか、それでこそムーミンをモチーフに持つ連中であるというか。
・トーナメント表。
相変わらず存在感を放つコアラの森学園だけど……ん?
二回戦の話だけど、聖グロとアンツィオがやんの?
・AKIYAMAFILM。なーんかすごーい見覚えあるMBT。
ガルパン最終章は全六話やりますっつって最初に聞いたときは「スターウォーズにするつもり?」て思ったもんだけどもやっぱ自覚的だったんね……。
・BC学園の内部分裂が欺瞞工作だとしても、秋山フィルムをそのまんま工作として使えるくらいに組織だった工作ができるものなのか……? そもそもここ最近のお話でなく学園の歴史として根深い亀裂なわけでしょ?
とか思ってたけど、学園内で反目があったとしても戦車道チーム内という小さな輪の中では十分にまとまれるかも知れない?
・そういえばベルばらは歌劇の演目でもあるよな。ヅカの。
・桃ちゃん隊長という編成に不安をこぼすのはだいたい冷泉さんだけど
それだけみほ隊長へ信を置いているのかもしんない。
・観戦モニター台になってる列車砲がちゃんと線路で動いてる。
三台に増設されてる(?)のはやっぱプロリーグへの参加だったり大洗女子という歴史的大金星で世間的注目が増してたりなど諸々の理由で予算が増えてるんかしら。
・観客席にオレンジ色にベレー帽の見慣れない制服の一団がいるけど、今後新登場する高校?
・蝶野さんの隣に見慣れない女性がいるけど新キャラなんかしら。
・小梅ちゃんとウチの履帯は重いんだぞさん以外見慣れないメンツの黒森峰。台詞がない一方で小さく描かれてるモブさんも少なくなかったけど
・正座が美しいちはたん学園。
・下級生チームとの距離が近付いているようみえるプラウダ。
・継続学園の印象的なリーゼントの三人組は何ネタなん?
・堂々と力尽きるアンツィオ。
と、ここに至るシーンでもそれぞれに、各学園は成長や今後のテーマなどが描かれてきたわけだけど、サンダースさんにいまいち変化らしい変化がみられないのは大丈夫だろうか。それは今後に持続するテーマが用意されてないということかも知れず。噛ませ犬の役割を負わされたりしないでしょうか大丈夫でしょうか。
変化がなさげという意味ではアンツィオもそうだけど、彼女らは、西住みほが目標とする地点に自然と先駆けて到達しているわけだから、むしろ変化せずにいられるか否かという点が今後のテーマにもなりそうな予感がけどおれの予感はよく外れるからな。
・自前で整備できるウサギさんチームや、持て余し気味だった筋力をもう使いこなしてるアリクイさんチームなどこちらも細かく成長が描写されている。
・マークⅣちゃん初お披露目。電信棒を帆に見立てるの最高ちゃいます素晴らしすぎないです?
・マークⅣちゃんにはオス型とメス型があったと記憶してるけど、大砲乗っけてるのはオス型じゃありませんでしたっけ。オスが! 男が! それまで女子の花園だった女子戦車道にオスが! とか騒ぎ立てたかった気もするけど大砲と機銃両方乗ってけてるのは雌雄型と分類されてたような。
両性具有! どのみちチンコが紛れ込んでる!!
・菱形戦車の機体をぐるりと囲む履帯いいな……いいね……モデリング班まじいい仕事……。
・船舶科チームに脅かされる一年生チームだけどサメとウサギは因幡の白ウサギ伝説で因果な仲なのである。
・桃ちゃん隊長が西住元隊長に一言求められて戸惑う構図。これまでの光景の作為的な裏返しである。
・不戦勝の話がでるたび少し残念そうな顔する秋山殿。
そういやこのコ、ヨハネスブルグの名前が出たときに顔輝かせてたような気がするけど。
・ところで今回おっぱい盛り気味じゃない?
盛り気味というか。強調するアングルが多いというか……。
・いやっふーせんしゃせん開始だぁー(30分経過。
・フランス的田園風景ですよ! 史上最大の作戦ですよバンドオブブラザーズですよ要するにそういえばむしろ今までなかったのが不思議なくらいではある!
・遠景までクッキリでレンダリング大丈夫だったんかなこのシーンみたいな。
・この耳慣れたマーチ……戦車道行進曲……ひところからよくTVからも流れてくるようになったけど、新作としてこれを聴くことの安堵と満ちあふれてくる喜びたるや……。
・桃ちゃん隊長搭乗機をそのままフラッグ車に指定したことに対して「西住ちゃんの心遣いだよねー」とさらりと言えるあたりやはりあんみほ大正義。
・TVシリーズでは一貫して裏目ってた桃ちゃんの指示だけど……?
・ちっこい体でぶんまわすおかげかいちいちオーバーリアクション気味になる磯部キャプテンほんまカワイイ。
・せんせい。
・会長がホシイモ以外のなにかを食べてる。ホワイトナットウ。
・渡河にスタックした戦車を助けるウサギさんチームが涙腺にくるガルパンおじさんは少なくないはずだぜ。
サメさんとウサギさんの相性の悪さがやや強調されてるよう感じるけどなんかの布石なんですかね。
・迷わず退避して細かい路地で車体転換もスムーズにこなすバレー部チームの操縦練度をみよ。
・角で一輌だけ残して相手を足止めして、残りは先を行き、何輌残ってるかわからなくさせるというこのシーン一発で「あれ? BC学園のこの練度、ヤバくね?」て一気に不安が煽られるよね。
・ノーブレーキですれ違うのもなー。
練度を表しつつ目線を交わらさず交差なんてもう相当な相棒感だしてるじゃないですか。一転して演出で「……あれ? やばくねこれ」感煽ってくるのすごい。
・フランスのペタンクとイギリスのクリケットってどっちがどれくらい面白国技なんですかね。
・不意打ちをしかけるべく橋を渡るシーンにはちゃんと緊張感が描かれている。
術中にハマりこそすれ油断しすぎているわけではないのだ。
・鰯の頭も信心というお銀さんの台詞だけども桃ちゃんが鰯の頭であることは承知の上なんか。
・目のいいそど子さんが風紀委員のカンで相手の待ち伏せに気付くシーン。
風紀委員のカンで流してるけど、深読みするとさ。
普段からケンカしあってるようにみえても実はそうでもないと直感で気付きかけてるってことだけど、
そど子さん自身も普段からケンカしあってるけど実はそうでもないかも知れない間柄のひとがいますね? だから気がつけたとかじゃないですか? どうなんですか?
・マリーさんの乗るルノーFT17ちゃんは二人乗りなのである。
マリー様の搭乗車の操縦主を任される生徒は責任重大であって、かつ二人きりの空間を過ごさねばならん訳だから相当近しい人物になるのじゃあるめえか。
・ソミュアじゃあ距離があると橋を落とすので精一杯かもなあ。
でも大洗の一部車輌なら有効打加えられるんかなあ。
・そういや劇場でみてびびったけど、え、何あの長砲身。フランスって即降伏したくせにあんなパンターみたいな戦車持ってたんマジで?
とか驚いたけど、ARL-44とかいう占領下で密かに設計されてた車輌らしいね。知らねえー。
・隊長は河嶋さんだよ。と釘を刺すお銀さんの忠義とやり手っぷり。
彼女にとってはあくまで河嶋さんを大学にねじ込むための戦なのである。
・イナバの白ウサギ作戦。そこぴょんぴょん作戦ちゃうんや。
解説の必要もそんなないだろうけど、イナバの白ウサギてのは、海の向こう岸に渡りたいウサギがサメを「アナタ達の数を数えてあげましょう」つって呼び寄せてその背をぴょんぴょんと渡って「やーいだまされてやんの」とかいってお仕置きくらうお話ね。古事記にも載っている。
・マークⅣちゃんは塹壕突破を目的に設計されてるんで後代の戦車と比べてもだいぶボディが長いのだ。
・お銀さんのたいへん度胸の据わったシーン。
・追いついてきた89式とポルシェティーガー。行進間射撃はまず命中しないけど、「増援がきたぞー!」と敢えて敵に報せる威嚇射撃か。
・かなり追い詰めているシーンなのに撤収判断が速く、また全員がそれに付き従う。
統率がとれているよう感じられるし、その判断の早さは事後策があるからだろうか。
・最後に、反目しあい、あるいはかみ合っていなかった三者が一つの画面で横並びに同じ方向へ進軍する。
押田と安藤の不仲がどの程度まで演技だったのか。マリーは果たして暗君なのか。
第二話未視聴である今現在はまったくわからないけれども、いかにも象徴的であり、もしかすると視聴者の深読みを誘うように歌われた「パッキャマラード」の意味は「友よ一緒に行こう」であるらしい。
・さあ、ここから第2ラウンドです。
なぜ第八回デレマス総選挙が面白いのか。なぜ第八回デレマス総選挙が面白いのか!
夢見りあむとかいう希代の放火魔がぼんがぼんが火焔瓶ぶん撒いてるからじゃねーの。
ウムッ! その通りッ!
ではあるんだけど。
あんまり面白いのでどう面白いのかを少しメモしておきたくなったのでメモします。
長いよ。長いんで項目毎に興味ありげなのがあると拾い読みすればいいよ。
あ。あとそうそう。大事なエクスキューズですが、個人の視点からみた個人史に近いお話なんで丸呑み厳禁。むしろついったやコメント欄などにツッコミ訂正叱責よろしくてなもんですよ。
各属性でみていくと面白いよ総選挙。
面白がる前の予備知識として。各陣営(陣営?)の傾向なんかを理解しておくとより面白がれるかもしれない。
これまでの総選挙は各属性毎に傾向がそれなりに強くありました。
あったけど……いまどき属性でアイドルを区分けしてみているPなんてそんなにいない気もする。でもまあ総選挙は各属性上位3名という強烈な作用があるんで、この区分けがある限りは無関係でもなかろうかと。
Passion陣営 燃え続ける熱い棒は始終叩かれる?
→これまでのPassion
誤解誤謬を恐れずぶっちゃけると「総選挙にやる気がない」と揶揄されがちな属性。
いわゆる属性の顔役である本田未央を筆頭として5位以内にばーんと登場した後に……あれ? 10位以内入賞って1人だけ? みたいなことが過去に数度。他属性では全体4位でさえギリギリでボイス獲得だったりする一方、Paは全体20位スレスレでも属性3位だったりと、属性としての存在感が希薄……というと過言であるには違いないけれど。
しかしそれは、裏返せば「ボイスを獲得する機会が広い」ということ。
現実に、Paは総選挙を通じてのボイス実装アイドルを最も多く輩出している属性となります。
ある意味では最も理想的な総選挙エンジョイ勢ともいえるPa。むろん、例え少数ではあれ、何がエンジョイじゃこっちはガチじゃという魂で参加されてる担当各位への敬意も忘れてはなりません。
→今回は……。
誰が「Paは総選挙で存在感がいまいち」なんざ抜かしたよ。という勢いで、先ず間違いなく最も耳目も話題も票数も集めているのがPaです。台風かハリケーンかわかんないけどリアルガチでど真ん中。むしろ今回の総選挙がなぜ面白いのかの主要因とさえなっております。
まずは中間発表全体一位として君臨した本田未央。
記念すべき第一回を飾りながらも以降はPaにとってシンデレラガールという玉座はずっと遠いままでした。そこにあと一歩という地位にまで登り詰めたのが前回の話ですが、彼女の陣営が持つ「今年こそ本田未央にガラスの靴を」という勢いは去年のあの登り切ることが出来なかった階段から、丸一年を通じ今に通じてるような気配さえあります。
渋谷凛が得て、島村卯月が拝した冠を未だ本田未央が授かれていないという負い目。長く総選挙において少数派に甘んじていた属性全体の悲願もその勢いを助長しているような気もしますが、そこに立ちはだかるアイツがマジ空気よめてねェ!
ナチュラル・ボーン・ファイヤ・スターター、もしくは七度生まれ変わろうともなお炎上芸人こと夢見りあむ!
サービスインから8年目を経た今に至りずいぶんと久々に追加実装された一人である彼女にはそれだけでも耳目を集める力がある。それに加えて自称クズであり、自称ザコメンタルであるが故の、自らの弱さを曝け出すことに躊躇いのない赤裸々さは「自らが何者でもないことを痛感している人々」あるいは「何者かにならなければならないと迫られている人々」の共感を追い風として、爆発。中間第三位にまで及んだその火の手は総選挙そのものを焼き落としかねない勢いで大炎上の真っ最中……とかいうのもそこまで過言じゃないのが怖いというか。
無論、ただの炎上目的でなく夢見りあむに各々思いを重ねたガチ勢がいるからこその順位でもあります。
けれどもやっぱ話題がな。
コスト2として「最初の一人」である本田未央と、ただでさえ活躍の機会が狭められているなかに物議を醸しつつ投入された「新たなる一人」が首位を巡り相争うという筋書きがもはや理想的過ぎるし。
「新人がいきなり総選挙一位を獲得するというドラマ」をみたがる層。ニューカマーの存在そのものを面白く感じていない層がそれを阻み、一方、運営のやり口や総選挙そのものを疑問視している層が炎上させることを目的に暗躍し……正直しっちゃかめっちゃか。
保守vs革新の構造はまさしく総選挙という言葉面。どういう結果を迎えるのか素直に楽しみといったところで。
話題はそれだけでなく。
全体9位、属性3位に躍り出たナターリアは、声は獲得できないもののいい位置に居続けている一人であってそれだけに蓄積されていたポテンシャルがついに開花したような雰囲気があります。
お話の出所がハッキリとしていないためおぼつかないところはありますが。あらましを並べると以下。
・とある海外のナターリア担当が、「ナターリアというアイドルの人気投票を応援してくれない?」と依頼する。
・それを引き受けたのは著名ゲームメタルギア・ソリッドの、主役であるスネークの海外版ボイスアクトを務める人物。
・俳優氏、わざわざ動画付きで公開してくれる。「vote for ナターリア!」とちゃんと言ってる。
・それが話題となるが早いか、ツイッターに点在するナターリア担当Pが自らのアイコンを一斉にソリッドスネークのものに変える。
・ツイッター上でナターリアに関し言及するとすごい勢いでソリッドスネークに囲まれる(イイネを付けられる)という事態が発生。
「有料サイトで発注した」「ツイッターを通じて直接依頼した」「娘の名前が同じナターリアだった縁で依頼した」等、言及するひとによって発端が変わるので少々おぼつかないところではあるけれど……まあ事実の整理や発端となった担当P氏へのインタビュー等は大手メディアに期待することとしましょう。ねとらぼあたりとか。
肝心なのは、このたった一度の出来事が(元々の自力はあったものの)ナターリアにすごい勢いを与えたということです。
詳しくは後述したいけれど、第六回から始まったツイッターとの連動と、それによるプロデューサー同士の繋がりがついに選挙を大きく揺るがしかねない効果を及ぼしたという事例と申せましょう。
この事例。一度の奇跡が短時間で驚異的な得票に繋がったこの出来事がとても大切なのは、こんなことが起きるならもうぶっちゃけ最後まで何があるかわかんねえところがあるよなという話。
他方、気になる存在はやはりヴァリサこと的場梨沙でしょうか。
全プロデューサー必携のステキコミカライズことU149にていい具合の活躍をみせている彼女は、ツイッターでの言及数のみをみれば属性3位にも位置する好位置に付けていますが、本田vs夢見という総選挙のみの枠からはみ出しつつある激戦と、類い希な奇跡を起こしたナターリアという、この一度しか発生し得ないような出来事が無常にも立ちはだかります。あとゆるふわゆえの強固なマイペースを誇る高森藍子も。
この事件のどっちかでも起きたのが今回でさえなければ……と悔やむにはまだまだ早すぎるにせよ、なんかもうこの無闇な苦労の背負い込みっぷりがどうにもヴァリサっぽくも。
Cute陣営 圧倒的不可侵の壁はあまりにもカワイイ。
→これまでのCute
なんかもう第三回あたりから属性別選挙結果をみても「ああ。いつもの」という感想が多勢をしめたりする程度に上位陣の地位が盤石な属性。第一回総選挙からの入賞皆勤賞が6人います。ヤベエ。その「いつもの」メンツが7人8人程いるとかいう絶望は現実にも作用することしばしばで、多勢のPにとって総選挙=声を入手するチャンスとして解釈されているにも関わらず、属性三位全員もともと声付き(=声実装アイドルなし!)なんて事態を何度か引き起こしてたり。
「CuPは担当アイドルにしか興味がない」なんて陰口をたたかれたりもしますが、Pの態度としては限りなく正解に近いんで何の問題もありません。
→今回は……。
その壁に真っ向から立ち向かうロリがいた。その名は遊佐こずえである。
世間的業界的にもロリという特徴は「メジャーなニッチジャンル」として捉えられているをそうで、こちらの総選挙でも低年齢層アイドルが結果を残せたことは数少なく「ロリコンは声がデカいだけ」などと囁かれがち。そんな最中、それでも中間発表三位としてCuの壁に亀裂を入れてみせました。
前回の総選挙結果を参照すると、いわゆるサプライズ枠として声を獲得した白菊ほたるの次に位置したのが遊佐こずえ(それでも属性9位)で、言ってみればCu陣営で最も声獲得に近い場所にいたのが彼女です。この機会を逃すまいと担当Pが奮起されたのももちろんですが、一方で「ロリアイドル全員声を付けようぜ!」とする運動が一部Pの間で広まっているとの観測報告もあります。
現在、属性3位という極めて微妙な順位。前門の可愛い、後門のカワイイに挟まれて、こずえ自身がどこまで可愛らしくあれるかがまさにこれから問われます。
更に注目したいのは属性別6位の工藤忍。
彼女は、有志による出口調査結果ではモバマスからの言及数が最も多いCuアイドルでした。
実際に「せやかて工藤! でお馴染みの名探偵コナン劇場版が地上波放映されるから一斉視聴しようぜ!」だの「3月9日は工藤忍の誕生日だから390円でセールされるナゲットはもはや工藤忍公認フードだ! いかにもマクドでバイトしてそうだしな!」等と何かとイベントに結びつけて総選挙そのものを盛り上げようとする様が散見されます。
その団結を持ってしてもCuの壁はやはり厚く険しいことを証明するような中間発表になってしまいましたが……奮起を促したい。
Cuの壁はなぜこんなにも厚いのか? といういつか為された問いに対する誰かさんの答えが「ヤツらは『可愛い』ということだけを武器にあそこまで登り詰めたからだ」というものがあります。その言葉面の強さに流されがちだけどもまあ内実はギフテッド・ヤンデレ・異星人など結構な飛び道具が潜んではいますけども。
理由などないというある意味で最強の不動票に挑む工藤忍もやはり、愚直とさえ表現できそうな、ただただ真っ当な努力と可愛さのみでその壁に挑んでいます。
公式が公表したデータでも、フリルドスクエアというユニット同士の結束も確認されます。応援してくれているひとは多い。最終結果に期待したいところ。
他、属性一位として鎮座する一ノ瀬志希に一部識者が驚きました。
もはやステルス票。担当による表だったロビー活動があまり目立たず、出口調査でもあまり高い位置にはいなかったにも関わらずこの位置。「志希担当はツイッターやってねえの……?」と幾人かの総選挙に熱心な層を愕然とさせました。噂じゃインスタやってるらしいぜ。
真相はどこにあるかはともかく、票田、もしくはファンの広がりを実証するエピソードとして記憶に留めておくべきかもしれない。
長年のP活動の果てに『自らvTuberになり票田を獲得する……!』と一大転機を経た特定界隈での有名人「マシーナリーとも子」女史擁する池袋晶葉が、八度の総選挙を経てついにランキングに名前を刻んだり……とにかく、今回の総選挙にあって最も水面下で何かが起きている属性であることには違いなさそう。
Cool陣営 鋭く怜悧な矛先はただしきまぐれ。
→これまでのCool
総選挙にやたら強い。現在最も多くのシンデレラガールを輩出している属性(過去7回中4回)であり、上位5名が参加できるユニットを4人で占めたりだとか、登場三ヶ月のアイドルを総選挙速報で一位にたたき上げたりだとか追加から初参戦のアイドルをその年で属性二位まで押し上げたりとか何かとやらかしがち。
総選挙外でもボイス争奪選挙で一位と二位(橘と塩見)を占めたりだの、エイプリルフール企画のマスコットキャラ総選挙でもやっぱり一位二位独占(あの子・ぴにゃ)だのとなんだかご丁寧。
第八回の中間発表で公表された公式データでも最大派閥であると実証されており、だいたいの総選挙で最も入賞者の多い属性ではある……ものの、一度結果を残したアイドルはその後の総選挙でフェードアウトしがち。それらが相俟って「声の順番待ち」だの「渋滞起こしてる」だのと評され、それが酷いと「浮気性」とさえ揶揄される。まあそこは層が厚いと積極的に言い換えていきましょう。
→今回は……?
ある意味ではいつもどおり。相変わらずなんか強い。
伝統か革新かというもはや別ゲーになりかけている本田vs夢見という暴風圏のただなかの全体2位という、あれ……なんでそんな涼しい顔でそこにいるの……という一種異様な存在感を放つ北条加蓮がいかにも象徴的。
第七回では全体三位・属性一位という地位であり、見方では本田未央の「今年こそシンデレラガールに」という勢いと似通う部分はあるものの、例えば本田にある「凛・卯月に続いて!」や夢見の「だって面白いじゃん」もなく、もちろん「今回こそ声が欲しい」というシナジーもなく、言ってみればピュア・ガチ勢である。
公式のデータでもそれが示されている。
一人あたりの得票率に勝り、最初の一票では大きく差を開けられているにも関わらずこの位置というのは、実際の票数こそわからないもののなかなか凄みがありますな。
中間発表で目を引くのは、属性13位につけた松本沙理奈さん。
八度目の総選挙にしてついにその名前がここまであがってきました。
彼女が毎日投入を欠かさず豆乳を補給しているというトピックスに因み、ツイッター上で票の一斉豆乳(投入……)を働きかけるなど熱心な草の根的ロビー活動が奏功し、初期から存在するユニットであるとこのブルナポPの諸氏に熱意が伝わったのではないでしょうか。どうだろうか。
他、全体4位という素晴らしい位置につけている雪美ちゃん、属性6位の七海しゃん8位のマキノと、活躍が目立つ三者はそれぞれ前回前々回で「声獲得を狙えるところまで歩みを詰めた」メンツになります。
前回の話になりますが、中間発表10位圏外から、同属性強豪の文香・楓を二枚抜きして全体4位にまで到達した鷹富士茄子女史という例がありまして。
このあたりから察するに、最大派閥であるCoは最大派閥であるらしく「今度はこの娘に声をつけたい」というバイアスが他属性より強くかかるのではないでしょうか。
それは単に浮動票という言葉で表せる現象ではありますが、この総選挙という催しが、ある種の利己心のみならず、バランス感覚とでもいうか、公共精神とでもいうか……結果そのものを平等にならすような働きかけが存在するように感じられて、なんとなく面白いところです。
190人いようとも、みんなまとめてアイドルマスターっつーかね。
それはそれとして七海しゃんがんばれ(利己心。
あと毎度中間発表圏外からなんだかんだでジャンプアップしてくる小梅ちゃんがんばれ(利己心。
あと今回で加蓮がシンデレラガールになって次回以降は「トラプリを三人とも頂点に!」て流れを生んで未来に繋げるとかどう?(利己心。
さて。属性ごとの傾向以外にも、総選挙に強く作用する要素を知っておくと今度も楽しく興味深くウォッチできるかも知れません。のでこれまでの総選挙のおさらいついでに書き連ねて参りましょう。
総選挙ごとの変遷。
同じ総選挙ではありますが、システムや意味合い、傾向そのものが結構様変わりしてるんですよね。
大雑把に追っていきましょう。
第一回 ~ 原始、その棍棒は札束と呼ばれていた。
無料で入手可能な投票券は二枚のみ。
主な入手手段はガチャ(及び無料ガチャチケ。そしてガチャから入手できる投票券は制限ナシ。
正気か。
そのため、開催期間の短さもあり総選挙結果はほぼ「選挙期間中に誰のガチャが行われていたか」=ガチャブーストに左右されていたも割と同然だったりした。
第二回 ~ 声獲得戦争開闢。
二度目の総選挙にて、上位5名でユニットを結成しCDをリリースするとの公約が発令された。これが要するに現在にも繋がる総選挙がボイス獲得のチャンスと捉えられている発端なのだけど、それ以前のお話として、この一年の合間にリリースされた公式CDが「ことごとく総選挙で上位入賞したアイドル」で占められていたのである。
この頃までは「運営が推したい(CDデビューが決定した)アイドルと、総選挙結果が重なるのはただの自然な流れでは……?」と、その相関関係を疑うPも根強く存在したが、この第二回総選挙終了後の一年は、まるで運営が、総選挙での結果がどれほど効力を及ぼすかP各位に知らしめるような展開が続いた。
第三回 ~ 声がなければドアは開かない?
上位5名のみならず、属性上位3名もそれぞれボイスを付与するという発表にともない、内実ともに総選挙が声を入手する為の機会であるとP各位が認知するに至った。
それだけではない。第二回開催との合間に2周年を記念した特別アニメPVが放映されたことにより「地上波アニメシリーズがいずれくる」ともはや決定されたような雰囲気が漂うなかで、P諸氏はある予感に慄然とする。
「ボイスがなければ、アニメに出演できないのではないか……?」
この、声の有無が活躍の機会拡張に繋がり、活躍しているからこそ人気も得られるという循環に対する期待と、そこから担当が逸脱する恐怖は、果たして現実のものとなり現在にも繋がっている。
第四回 ~ 波乱の波間。
アニメが放映され、その第一期と二期の合間に行われた総選挙。
3周年記念と称し突如年末に行われたボイス争奪選挙の興奮も冷めやらず、あるいはアニメで新たに脚光を浴びたアイドル、もしくはサプライズ的演出で突如として声を得たアイドルなど、これまで「総選挙とその結果にともなうCDデビュー」が担当に声を付かせられる限られたチャンスであったPが諸々振り回されていた時期。
また、この頃からデレマスは新規アイドルの実装が途絶えることとなり、CDシリーズである Cinderella Master のリリース頻度も鈍化しはじめる。
第五回 ~ 戦いは様相を変えるもなお。
出来事としては、第四回との狭間にデレステがリリースされたことがある意味最大のものである一方、総選挙も見た目を変えず内実を大きく変える仕様変更が行われた。
まず開催期間の長期化。およそ倍である一ヶ月開催へ。
そしてイベントで得られる投票権の大幅増加と、ガチャで得られる投票権に制限が課された。
これらにより、ざっくり言えば無・微課金の影響力が増大したんですな。少数精鋭よりも時流に乗った多勢こそが結果を残すようになったとも言えます。
このくらいになるとデレステを通じて声の有無による格差がかなり顕在化しており、声待ちアイドルに票が流れがちという傾向がさらに加速。
時流にのった佐藤心が前回50位圏外から一気にジャンプアップし9位入賞を果たす、というインパクトは多くのPに影響を与えたはず。
第六回 ~ ささやきさざめきさんざめき。
第五回で定められた総選挙の仕様は現在でもほぼ変わらず、だから第六回もそんなに大きな変化はない……ようにみえて、総選挙の様相そのものを大きく変えたとんでもない仕様追加が行われた。
ゲーム内で誰に投票したかを、連動によりtwitterで表明できるようになった。
それだけである。
それだけなんだけど、この仕様を利用し、一部有志がこれら呟きを集計し公表する「出口調査」を始めたのだ。
これはでかい。ほんとにでかい。
出口調査とは銘打たれているものの、その実は選挙における強烈な禁じ手の一つ。人気投票の公開である。
元より人の心理的傾向にはバンドワゴンはクールに去るぜ効果と呼ばれる作用があって、有り体にいえば人は勝ち馬に乗りたがるのだな。
一般的な選挙であれば特定の支持候補を持たない浮動層が、当選の見込みのない候補者を捨ててより自らの投票が結果に繋がる候補者に流れるという形で表層しがちであって、それはデレマスでもやはり見られます。
それに加えて、先述した「声待ちアイドルが得票を伸ばしがち」という傾向が加わると加速が倍ドン。
それだけでなく、目に見える結果は目標を同じくする同士の結束を強めます。この場合は同担当同士の士気だな。
第六回においてその叫びが顕著であったのがだと思ってる。ありがとう荒木先生担当の同志諸君。
第七回 ~ プロデューサーとして。
ついにこのときがきたかというか。第七回に加えられた変更は「デレステとの同時開催」である。
元より声の有無による格差が顕在化してなお経過したデレステという土壌にて、そこから票が流入することの意味となると人気層がより強固になることを意味しており、個人的にはしょーがないけどなーんかつまんねーなーといまいち乗り気になれなかった総選挙であった。
けれどもそれは一面のみをみた誤謬に等しく、現実として人気層の固着もまた確認できはしたものの、それと同じくらい「浮動票の大幅増加」も意味していたのである。
結果としては人気層と浮動票との二つの時流も得て安部菜々が第ナナ代シンデレラガールとして頂点にたったわけだけれども、熱意と志あるPはその戦い方にひそみ、この年から一斉同時投票の呼びかけや各担当wikiを立ち上げ情報の集積と拡散を目論むなど、その立ち回りはもはや現実の選挙活動と強く近似を描き始めた。
第八回 ~ 混沌のただなかに繋がるいくつかの。
元よりSNSは摂取する情報を自分の好みに取捨選択できるので、少々バイアスが掛かりやすくて。昨今それが問題視されたりもするけれどそれはそれとして。
似た趣向の人同士が繋がりを得ることはSNSの本懐であるわけだけど、ついったを利用するP諸氏にはまさしくこの傾向があるはずです。要するに、担当を同じくするP同士と繋がりやすい。担当のアイドルについて繁く言及してくれるひと、あるいは、担当アイドルのイカすイラストを描いてくれるひと。
つまりはクラスタ化してるわけです。既に繋がってる。団体として各Pが総選挙に向かっている。
今回の総選挙がやたら面白い理由はここです。八度を経ての変化が、あるいは途中で付け加えられた劇的な仕様が、担当同士で繋がり、そして選挙の戦い方が周知されて、この第八回を迎えている。
あるPは豆乳を一斉に飲み干し、玉露を淹れ、森林募金をし、乳がん基金を拡め、清掃活動を行い、バ美肉し、ポテトを食べ、伝統が勝るか革新が受け入れられるかを見守りあるいはどちらかに加担する。
なんかここまで積極的にお祭りとして多くのひとが参加できている総選挙って初めてなのではあるまいか。
今回の総選挙が耳目を集め盛り上がっている由縁の一つに、直前に追加された七人のアイドルという存在もとても大きいでしょう。
声を得ることで活躍の幅が広がる。それは、アイドル同士の交流がバリエーションを増していくということでもあるよう感じます。
そんで、新たな結合ってのはある程度柔らかくてふにゃふにゃぐちゃぐちゃした、混沌とした状態で無ければ起きないんだよね。古く固くなってしまえばもう起きない。
ならばこの混沌を呼び起こした出来事は歓迎すべきな気がします。
ずいぶんと以前の話になりますが、こことは別の二次創作界隈に巣くっていた時分、やたら青く見えた隣の芝生があったんですよね。もちろんアイマス付近のことだけど。
その理由は、たぶんプロデュース活動と銘打っての創作活動が、要するに愛に満ちてるようにみえたのだな。愛ですよ愛。
私はひとがなにかを好きだと主張しているさまをみるのがとても好きな人間なので、それが羨ましくみえて当然ではあったのだ。
なんかそんなことを最近思い出してて、なんかな。楽しいスわ。アイマスが最近。
まあおっさんの自分語りはどうでもいいとしてさ。
黛冬優子から空かし見るシャイニーカラーズの愛みたいな話。
アイドルマスターシャイニーカラーズの新規参入アイドルの黛冬優子さんのプロデュースをWING優勝までプレイしたメモですよと。
先に、久々のプレイを通じた後の雑感を書いておきますと。
おシャニさんのキャラクターて構造が多層的よねと今回改めて感じました。
キャラクターそのものは割と記号的というか、いわゆるオタク用語であるところの「属性」として一言でまとめられるんだけど、そのアイドルが、なぜ、その属性、に、行き着いたか、が、順序立てて設定されており、育成を通じてその層が一枚ずつ露わになってそれがドラマになる。
例えばー。風野灯織さん。
彼女を例にとってみれば、一見はストイックな努力家。
一言目には「レッスンお願いします」
二言目には「わかりました。努力します」
三言目には「次はもっとうまくやってみせます」
そんで、理想の高い人格故に進歩を怠り気味の他者には攻撃的……かと思いきや、育成のさなかにつぶさにみれば、その攻撃の矛先は他者というよりも……なんだか、自分自身にばかり向けられてないか……? という傾向に気が付きます。
ああ、そうか。
この子は理想が高いんじゃない。
自分自身の評価がどうしようもなく低いんだ。
そうなってしまった原因はわからないけど、どうしようもない劣等感が人格の真ん中に巣くっている。
だから、他者との接触に臆病になるし、ウカツに褒めるとむしろ拒絶反応を示すし、自分に自信がないから占いにすがったりするし、あとお前それ大丈夫かよという勢いで指導者(プロデューサー)の言いなりになる。
彼女にとっては、レッスンさえ逃避の手段なんだ。
じゃあ。どうすればこの子は救われるんだろう。
その困惑も、その困惑があったからこそ WING での優勝という一つの夢を達成したあと彼女がみずから望んだご褒美が「今から、レッスンに付き合ってください」であることに、こう、胸をつかれるといいますかね……。
筆が滑った。
黛冬優子さんの話だった。
まあそんな感じで多層的なんですよ。
恋鐘たんも、自信過剰な自称天才にみせかけて「子供のころから周囲に『こがねはかわいいねえ』『将来アイドルになれるねえ』と言われて育てられたのを完全完璧に真に受けたまんまここまで育ちました!」とかいうスゲエ人格だし。三峰もだね……。
キリがない。
言い始めたらキリが無い。
だからまあ、多層的なんスよ。
多層的もなんも本来からしてキャラクターの造型なんてそんなもんじゃない? て声もあろうかと存じますが、この、多層的で、一枚一枚剥がしていくことでキャラクターの理解が深まるという構造がそもそもの『アイドルマスター』て育成ゲームにやたら相性がいいわけですね。
ああこの子はこういう娘なんだ。という理解。要するにプロデュースしている感。相互理解。まさしく育成ゲー。
デレステあたりは逆にフラットなところから始まって一層一層積み重なってく感じよね。それはそれで利点も多かろうものと思いますが。
ハイ。
黛さんの話もちゃんとしておこう。
黛さんの場合もまあ、キャッチーないわゆる属性付きよね。腹黒二面性キャラ。だいぶがっつりした、目には見えなくて餌の要らない猫を飼ってる娘さんです。
正直をいえばプロデュース初回あたりはハフーンそうねこんな感じなんねという反応で済ましてしまいそうになった。
シーズン2(16週間経過時点)でもうボロが出るんですかー思ったより早いなーみたいなー。
しかしそれも先に行ったとおり、多層的なキャラクター構造の一番外の部分なわけよね。
ストーリーが進むと、彼女は本当の自分がないと詰られることになる。
表に出せるモノは作り物の笑顔だけ。しかし本当の自分を出しては幻滅されると恐れる。
その自縄自縛のなかで、それでもアイドルとして仕事を続けているうちに、自分の中に見出すことのできた「何か」を頼りに、彼女はアイドルを続けることを選択する。
そうしたストーリーラインをなぞりつつ、ひとまずWING準決勝三連敗まで遊んだ最中に、一番気に掛かったのはこちらの台詞でした。
不思議なくらい、自負心が強い。自負心という言葉であっているだろうか。
強烈な表現だと思う。
猫をかぶり愛嬌をばらまくことは八方円満に納める為の方便としても機能するはずで、それはそれで美徳でもあるんじゃないのか。それを「背負わないようにしてた」とは。
衝突を避けることは、一概には逃避とは呼べないだろう。
しかし彼女自身はそれを怠惰か、もしくは怯懦による選択だったと申告したのだ。
それは、自分に関連することは全て自分に責任があると宣言しているような……或いは、自分さえ上手に振る舞うことが出来たらならほとんどの問題を解決できるはずと語るような。謙虚さとは逆の強烈なエゴも感じさせる言葉のように感じた。
言い換えれば、自尊心だ。
事実、アイドルとして確かな手応えを得て文字通りの勝ちどきをあげている彼女に「楽しそうだな」と声を掛けると、返ってくる言葉は関係者全員を「いい感じ」に出来たことが誇らしいという喜びだった。
「もっちろん!
だって、今のふゆって最高じゃない?
スタッフが気に入るカンジで振る舞って
仕事もうまいことこなして……
そしたら、
アイドルの仕事がもっと来るようになるわけでしょ?
むしろみんながやる気になって
よりふゆが輝くってものよ!」
ここまで多層的という言葉でシャニマスのアイドル達の、キャラクターとしての厚みを表現してきた。
それは、その人格が「テンプレ」だけではなく、「なぜそのテンプレ(のようにもみえる)人格に至ったか」がその物語に内包され、折りたたまれているよう感じさせるからの表現である。
なぜその人格に至ったか。換言すれば、それはアイドルが持つ「過去」である。
黛さんで言うならば、自分をさらけ出すことを恐れるに至った経緯だろう。
ならば、猫を被りがちという表層部分は現在ということになりましょうか。
黛冬優子は、過去と現在とを経て、被った猫をも武器として、ある種のプロフェッショナリズムにより「ファンも、スタッフも、審査員も、プロデューサーも、自分自身も、関わる全ての人々を笑顔にする」と宣言する。
「あと、一個間違ってるから
ふゆは絶対泣かない。優勝を掲げて大笑いしてやんの
……何があっても……あんたは笑って出迎えて」
この直後に、猫かぶりの「行ってきます! プロデューサーさんっ!」と宣言するのがなんとも象徴的だ。
おじさん(おれ)の好きな愛の定義の一つに「他者へ興味を持ち、自己との違いを認識し、尊重する」というものがある。
多層的なキャラクターを一枚一枚理解していくことがそのままゲームとして、プロデュースしていくことにも繋がるとは先に言ったけれど、それは、アイドルという人格の過去と現在と未来とを肯定するということだ。
それが愛でなくてなんだろう。
そう。ここで思い出して欲しいのはあのポーズである。アレだよ。アレ。
輝かせよう、アイドルの全て。
その人物の、過去と現在と未来を肯定すること。
それこそまさに『輝かせよう、アイドルの全て』という惹句の意味するところではないだろうか。
アイドルマスターシャイニーカラーズ。なんと優しいゲームだろうか。
あとは細かく撮ったスクリーンショットでメモ代わりの呟きでも列挙していこうかと思ったけどそれはまあもういいや。
買い物袋にDVDだのグッズだの詰め込んでいるのをみて「奈緒ー! お仲間ー! ここにお仲間がいるぞ隠れオタのォー!」とか叫びたくなったり、あんたも少しは頑張ったみたいだし、ご褒美あげようかなって。て宣言する直後にマスク外すもんだから「え? その使用済みマスクくれるの?」て思ったりとか。あと放置時のプロデューサー? いないんですか……? ……はぁー。 の、「……はぁー」の部分が好きだったりとかそのへんです。
はよ。ユニットも追加シナリオもTrueENDも、はよ。