XCOM Whose is that?

 その銃には『It's mine』と刻まれていた。
 それがどれだけXXXXことか、説明が必要だろう。


 まずその銃は異様に高価である。といっても超国家的・超法規的組織であるXCOMにおいて通俗的な貨幣価値はあまり通用しない。地球を守る文字通りの正義の味方の行動が為替レートにより変動を受けたり、あまつさえ消耗品の購入も今なら米amazonで用立てた方がお得だなんぞと計算してる場合でもない。よって、諸々の手間を省くために組織内にて保有される資金的リソースはクレジットという単位で便宜上管理されていた。
 だから、その銃が異様に高価だとしてもそのものずばりの値段を表現することはできない。ただ、多少は額面の想像が利くものと比較することはできる。
 そちらの。コードネームでレイブンと呼ばれる戦闘機。地球上の、国家間の防衛機密などすべて棄却し、人類がこれまで積み上げてきたあらゆる航空力学と工学の粋を結集しあらゆる意味でのコストを度外視し製造される最新最強の空戦戦闘機。
 これを一機用立てるのに必要な資金が40クレジットである。
 先の銃の値段は200クレジットだ。
 そのへんの都市銀行の一軒二軒をモノポリー気分で購入できる額面である。
 とはいえこれが法外な価格なのかどうか判断は難しい。
 その銃は、地球上ではまだ製造不可能な合金からなる、地球上の誰もが理解の及ばない動力で動く、人類がそれを手にするまでは未知のものであった威力を有した兵器であり、地球人類すべてをエイリアンの侵略から守るための実用品だ。一点ものという言葉さえ及ばない人類には製造不可能な銃である。正直にいえば兵器転用なんぞもったいない。その動力が解明できれば人類は原子力よりもはるかに高効率で後腐れのないエネルギーを入手できるだろうし、そしてそれだけの莫大なエネルギーを内包しうる強度と軽量さとを兼ね備えた合金はどれだけの応用が可能か、地球文明にどれだけの物質的な躍進を与えるか、想像するだけで目のくらむ品である。
 だが。
 人類は、人類を守る尖兵であり最後の砦であるXCOMは、それを一人の兵士の腕に託す。
 持ち回りで。
 何せ現在の人類では製造不可能な代物なのだ。
 今現在、XCOMが保有しているこの銃は三丁ある。エイリアンから運良く無傷で奪取できた鹵獲品がまず一丁。そこから長い期間を経て、何とか修理めいたことのできた一丁と、粗悪な模造品一丁とを揃えることができた。よって、長くの間、この銃を所持できた兵士は部隊中ただ一人だった。
 エイリアンと直接交戦する実働部隊は(人員の落命や補充など流動的ではあるが)約二〇名ほどで構成される。その中から、任務ごとに最大六名からなるアタックチームを編成し交戦を行う。
 対エイリアンに限らず、長く戦場に身をやつす兵士が、己の得物を愛銃などと称し偏愛する傾向があるのは、何も彼らに特殊な性癖が宿るからではない。害敵の排除により直接的に己の命を守る手段となる武器に、信頼と親愛にも似た情を抱くのはむしろ自然な心理傾向といえる。対峙する敵が、なにもかも、あらゆる意味で人類を凌駕した存在ならばなおのことだ。より強力な武器を望むのもまた頷き得る心境だろう。
 しかしどれだけエイリアンが脅威的であろうとも、担うべき人類の命運が重かろうとも、その銃は一丁だけだった。
 そして、任務が通達されるまで誰がそれを所持するか判然としなかった。任務ごとに、アタックチーム内の人員の役割ごとに、司令官直々に適正と目された一人にのみその銃は所持を許可された。
 実働部隊員。エイリアンと直接交戦を行う戦士達。人類総X〇億人の命運を守るという責務をたった十数人で、その中のほんの六名で分かち合う。これほどまでに失敗の許されない任務が他にあるだろうか。
 故に彼らは、体力においても知力においても精神力においても、人類の到達しうる極点に手が届きうる人材であった。あるいは、知力的には多少遜色が認められてもそれを補いうる体力を有した人材であった。
 その中の一人の誰が行ったのかは不詳なままだが、ある日、それは発見された。
 莫大なエネルギーを人の抱えうる大きさに凝縮し、その圧力を押さえ得る硬度の合金からなるその銃に、擦過痕で文字が刻印されていたのだ。


 It's mine


 後の調査で硬貨によって付けられた傷だと判明した。
「これはオレの」である。
 先に述べたとおり、長くただ一人しか装備できず、実戦にあたるまで誰に配備されるかわからない、人類には過ぎた威力を持ち、それ故に、地球上で最もそれを持つ者の命を守りうる武器であった。それを「自分のものだ」と称するのは率直な、しかし過ぎた本音であったかも知れない。
 もちろんこれだけの短文なれば他に解釈も適う。例えば……エイリアンの有する未知の技術。それを人類が鹵獲し、解明し、やがて「人類のモノだ」と誇示してみせるという、外敵に立ち向かう気概の込められた刻印だったかも知れない。
 しかし数日後にまた別の手により別のひっかき傷が付けられた。


 It's mine 
 No! It's mine!!!


「ちがう! オレのだ!!!」である。
 ご丁寧に先に書かれた文字にがりがりと訂正を引いた上で、力強い感嘆符まで付け足された。
 資質と努力とにより、超人的な知力と体力とを有する、人類の可能性そのものを体現したかのような彼らである。その知性は凡人の想像の及ぶべくもないのかもしれず、彼らの交わすジョークもまたそれと同じことがいえるのかも知れない。
 ひとたび銃口から熱線が放たれれば、その先にあるものは何もかも例外なく瞬時に融解するエネルギーが膨大な内圧とともに込められた銃である。仮の想像だが、それを膝の上に置いて、がりがりがりとコインでもって傷を付けるのだ。その心境たるや。少々想像を絶する。
 もちろんこの銃に限らず兵器の類いは相応の管理下に置かれている。それら管理体制の責任問題にまで発展しそうな椿事ではあるが、何せ直接手にするであろう実働部隊連中の仕業となればその行為に及ぶ機会は少なからずあり、結果的にはうやむやになった。
 ……ん? ということは実際にエイリアンと交戦間近だとか真っ最中だとかに行われたということだろうか……いや……うーん。
 その想像が少々恐ろしいものになる傷が、この後にもう一度だけ付けられる。


 It's mine 
 No! It's mine!!! 

 Stated from the conclusion , it......

『結論から述べると、両者の主張ともに誤りであるよう感じられる。この銃は我々個人が所有するものではない。狭義には、実戦にあたり装備が許可される点からもわかるとおり、所有権は我らの属する組織にある。だが、私が両名に述べたいのはより広義の所有権である。この銃は誰のものか? 我々は、対エイリアンという目的のため、ひいては存亡の危機に立たされた同胞のため、あらゆる法と国家とを越えて集められた、人類の代表である。人類が持ちうるすべての力は我々に集い、そして我々はすべての人類のためその力を行使する。この銃は誰のものか? それを改めて問い、改めて答えるならばこれは、個人のものではない。人類すべてのものである。』


 という旨の英文が刻まれた。ひっかき傷でである。長々と。
 もちろん丁寧に先に刻まれた「オレの」「違う! オレの!」の両者の文字も改めて訂正が引かれている。
 過ぎた本音に対する、過ぎたマジレスといったところだろうか。
 己の命と、人類の命運とを賭して、エイリアンと交戦しながら、腕にはこのようなジョークともとれない文字の刻まれた銃を抱え、振り回すのだ。悪夢といえば悪夢だろうか。
 ただ。
 実際にエイリアンと立ち向かう実戦部隊がこの文字を眺めたならば、我々とは違う感想を抱くかもしれない。
 ともあれ、誰の仕業かは判明しないままだが、ことさら犯人を捜す動きもなかった。あるいは、実働部隊連中には問わずもがなのことだったかも知れない。
 口はばかる本音をあけすけに口にできるアイツ。それに冗談めいて乗るアイツ。それらを本気で受け取り誠実に返答してしまう冗談の通じないアイツ。
 思えば個性的な行動ではある。
 熱のこもった長文に感化されたのかどうなのか、その銃に四度目の傷がつくことはなかった。

 それら文面は、過ぎた本音に、過ぎたマジレスだ。
 XCOMは人類の擁する最強の尖兵にして最後の砦だ。一歩後退し、あるいは背後をみせれば、奴らエイリアンの飛来した、我ら人類が未だ知り得ぬ宇宙と同じく深い暗黒に呑まれ、その先は知れない。
 無論、XCOMは実働部隊でのみ組織されるのではない。アタックチーム六名を支える作戦本部、技術者、研究員。あるいはその運営を支える出資者まで数えるならば相応の規模となる。だが、侵略を阻むにせよ反抗を試みるにせよ、彼ら実働部隊が踏みとどまり、踏み込んだ地点が人類に許された生存圏となるのだ。
 エイリアンどもと交戦している間、全てを実働部隊が背負うのである。いわば、地球上の人類の命を、十数名で分かちあい、戦場に賭す。
 その覚悟と、意思と、決意と、自負は、我々が想像するには余りある。
 だから、彼らにとっては、そのようなマジレスによって今さら問われずとも既知であり、熟知のことだったと思われる。

『誰のものか? それを改めて問い、改めて答えるならば』


 甲殻類を思わせる下半身に、蟻か蜂かに似た上半身にはもちろん獰悪な牙を持つ顎が備わっている。
 それはクリサリドと渾名されたエイリアンである。
 動体とみるや猛烈な突進を試みる攻撃衝動しか備わってないようなその行動原理は、悪いことに、強靱な外骨格に鎧われ耐久力に優れた体により合理的な戦術行動に仕立て上げられている。
 何より恐るべきは口腔にある産卵管と、そこに繁殖するある種の細菌である。この細菌は宿主の意思を奪い、いわばゾンビに仕立てあげる。噛みつくことによりこの細菌で対象を犯し、それと同時に産卵を行う。この卵はすさまじい速度で宿主の肉体を食い破り、ものの数分で、成体となんら遜色のない姿にまで成長する。そうして瞬く間に数を殖やしながら侵略先にある生命体を駆逐する。
 生物としては非合理な生態である。しかし兵器としては合理的だ。よってエイリアンにより遺伝子改造を施された生体兵器とする推論もある。
 これに、部隊員の一人が殺害された。
 形としては相討ちだった。エイリアンによるテロ行為下の救命活動の最中、死角から突撃してきたクリサリドの牙を受けながらも至近距離による射撃でこれを撃滅。しかし、彼は喉元に深く傷を受け、頸動脈より多量の血を吹きながら崩れ落ちた。

 そして再び起き上がった。

 部隊員の処置は速やかだった。
 まるで脊椎反射のような、思考の分け入る隙さえなく、速やかに。
 後方支援として射撃を行うべく長射程銃を構えていた二人の部隊員がほぼ同時に彼に対し監視射撃を、リアクションショットを行ったのである。

 鮮やかなまでのその処置を可能にした所以はなんだっただろうか。
 目前に現れた犠牲者により惹起させられた恐怖か。
 人類の命運を背負う透徹された使命感か。
 司令官による指示を下すため、研究材料として少しでも多く情報を得るため、彼らの交戦は詳細に映像記録が行われている。よって二人の部隊員の速やかな決断は多くの者が知るところであった。だが、それに対し彼ら本人に何かを尋ねた者は一人としていなかった。
 あの状況下に選択しうる最適解を、可能な限りの迅速さで選び取ったその行為に対し、何かを問う必要もなかったのは確かである。


 エイリアンとの交戦が行われ、これの制圧に成功した地帯には、交戦を行うのとはまた別の実働部隊が即座に派遣される。いうなれば回収部隊である。
 エイリアンの所有する物品はたとえ破損した欠片でさえ人類には過ぎた研究材料だ。そしてエイリアン自身の肉片もである。それらを可能な限り回収し、必要であれば目撃者への情報統制を行い、また、死傷した民間人の遺体も献体として研究機関へ回すため彼らが回収を行う。無論、その意味では実働部隊の遺体も同じくである。 彼らは死して後も対エイリアンのため活用される。
 そして、彼らの装備品もまた回収される。
 これらは再利用可能である場合がほとんどである。
 そうして、あの銃もまた、部隊員の手と手を渡り渡されてゆく。
 もはや人の遺体とも見分けられぬ姿となった遺骸の、抜け殻のようにカラバスアーマーが転がるそばに横たわる銃を、回収部隊の一人が拾いあげながら、呟く。


 It's mine 
 
 そうだな。やっぱり、コイツはお前のものじゃなかったな。
 

『誰のものか? それを改めて問い、改めて答えるならば』
 ――そう。あるいは、この命さえも。